第12話:「訓練その1」
シンセシティの東区にあるユスティティア・ルカヌスの訓練センター。その施設は、能力者同士の模擬戦を行うための最新鋭の設備が整えられていた。中でも目玉は、「シミュレーター」と呼ばれる装置だ。この機械はポータルのような機能を持ち、広大な仮想空間を作り出すことができる。戦場の環境や時間帯、さらには物理的な障害物まで細かく設定可能だ。
第20班のメンバーがその場に集まると、シミュレーターを管理する葵生が説明を始めた。
「このシミュレーターは、戦闘訓練において理想的な環境を作り出せる装置です。今回の訓練では、第5班の末政さんと、第20班の明石さんと岩月さんが対戦します。舞台は基地内、時刻は昼間という設定です。準備はいいですか?」
末政は軽く頷きながら、自信に満ちた表情で言った。「いつでもいいわ。相手は二人ですからね、少し本気を出してあげましょうか。」
明石千紗はそれに対抗するように笑顔を見せた。「二人だからってナメないでくださいね! 夕音と私、バッチリ連携取りますから!」
その隣で、岩月夕音は静かにうなずくだけだった。彼女の無表情は、何を考えているのか読み取るのが難しい。
「それでは始めます。」
葵生がそう告げると、シミュレーターが作動し、三人は光に包まれる。次の瞬間、彼らは広々とした基地内の空間に転送されていた。白い金属製の壁が四方を囲み、中央にはコンピュータの端末や装備品が並んでいる。昼間という設定で、太陽光を模した明るい照明が空間を照らしていた。
開始の合図が響くと同時に、千紗が大きな声で叫んだ。
「行くよ、虎!」
彼女の目の前に大きなドミヌスの虎が出現した。千紗は軽やかにその背に飛び乗り、移動を開始する。虎の速さを利用して、基地内を疾走しながら末政の位置を探り始めた。
「なるほど、召喚系ね。」
末政が手を前に差し出すと、手のひらに水が渦を巻きながら現れた。「なら、こちらも力を見せるわ。」
彼女が水を操作すると、周囲に小さな水の弾が浮かび上がり、千紗の虎に向かって射出される。だが虎のスピードはそれを回避するには十分だった。
「夕音、援護お願い!」
千紗が声を上げる。
夕音は一言も発さず、基地内の影の中に飛び込んだ。彼女の体はまるで液体のように影に溶け込み、その姿を完全に消した。
「ふむ……厄介な能力ね。」
末政は静かに周囲を見渡しながらつぶやいた。
「影の中に入れるのね。だけど、それがどれほどの脅威か試させてもらおうかしら。」
末政は両手を広げ、大量の水を基地内に撒き始めた。壁や床に水が広がり、環境そのものを変化させる。この水は反射光を作り出し、新たな影を増やすと同時に、夕音の動きを制限する狙いがあった。
一方、虎に乗った明石はその隙をついて、末政の背後に回り込もうとする。
「よし、これならいける!」明石がそう思った瞬間、末政が素早く振り返り、水のバリアを展開した。虎がそのバリアに突進するが、弾かれてしまう。
「なるほど、召喚獣は力強けど……君自身に攻撃手段がないとなると、どうしても一方的になるわね。」
末政が淡々と指摘する。
「くっ……そんなこと言ってられない!」
千紗は必死に虎を操るが、末政の攻撃を突破するには至らない。
その時だった。末政の足元にある影が、不自然に揺れ始めた。
「……!?」
末政が気づいた次の瞬間、影の中から夕音が現れ、その手に持った短剣を末政の背後に向ける。
「いい連携ね。でも――遅い。」
末政はすぐさま水を操り、自分の周囲に渦を作り出した。その勢いで夕音を影の中に押し戻し、再び体勢を整える。
「この程度...かしら。」
末政は余裕の笑みを浮かべる。
だが、その瞬間、虎に乗った千紗が再び突撃し、末政の防御をかいくぐろうとする。
「まだ終わってないよ!」
千紗の声が響き渡る。
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末政との戦いは一方的な展開となっていた。千紗と夕音は、彼女の卓越した水の操作能力に翻弄され、防御も攻撃も思うように進まない。そんな中、千紗が虎の背から夕音に小声で囁く。
「夕音、作戦があるの。虎を囮に使って、その下に隠れて攻撃を仕掛けるの。きっと末政さんも私の動きを追うはずだから、その隙にやって!」
「...わかった。」
夕音は静かに頷いた。その無表情な顔には、千紗への信頼と覚悟が滲んでいた。
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千紗は虎を再召喚し、その背に再び乗ると、末政に向かって突撃を開始した。虎の巨体と威圧感を活かし、正面からの攻撃を装いながら、夕音は虎の下の影に身を潜めた。
「ふむ、また正面突破?少し単調じゃないかしら?」
末政は冷静な表情を浮かべ、水の渦を再び作り始める。しかし、千紗の虎は怯むことなく突き進んでくる。
「今だ……!」
千紗の声に合わせて、虎の影から夕音が瞬時に飛び出した。夕音の短剣が末政に向かって閃く。
「……だけど、甘いわ。」
末政は手を素早く動かし、周囲の水を圧縮して高圧の水弾として放った。それは真っ直ぐ千紗に向かい、彼女の胸元を貫通する。
「きゃっ!」
千紗はその場に倒れ込み、意識を失った。彼女の召喚していた虎もその瞬間に消滅する。
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「しまった……!」
夕音が影の中から出てしまったのは、虎が消えた影響だった。身を晒した夕音に、末政は容赦なく水を放つ。
「これで終わりよ。」
末政の声と共に、大量の水が夕音を包み込み、彼女を動けなくした。
「試合終了!」
葵生の声が響き渡る。
水が引き、夕音が床に座り込む形で力尽きるのを見届けた末政は、水を静かに散らしながら二人を見下ろした。
「悪くはなかったわ。だけど、戦いというのはもっと冷静に状況を読む必要がある。あなたたちはお互いの能力を活かそうとしたけど、それ以上に相手の動きを予測する力が足りなかったかな。」
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その後、葵生が今回の戦闘のフィードバックを行った。
「今回の試合で二人の良かった点、そして改善すべき点を挙げるね。まず、明石さんの虎を囮にして岩月さんの影を活かそうとした作戦は悪くなかった。だけど、末政さんのような経験豊富な相手には、作戦を読まれる可能性を考慮して、もう一歩踏み込んだ工夫が必要だったかな。」
葵生はホログラムで先ほどの戦闘の映像を再生しながら続ける。
「例えば、虎を前衛に見せかけて、影から攻撃するのではなく、別の場所から二方向でプレッシャーをかける戦略もあり得た。岩月さんの能力を活かすには、敵が影を予測できないようにするのが重要なんだ。」
夕音は頷きながら、その映像をじっと見つめていた。
「それから、明石さんの召喚能力自体は強力だけど、攻撃手段がない分、連携が命取りになる。もっと岩月さんや白瀬さんとも連携を深める訓練が必要だと思うよ。」
千紗は少し落ち込んだ表情を見せながらも、小さく「わかった」と答えた。
「末政さんに圧倒されたのは、彼が攻撃だけでなく、環境を制御していたからでもある。水を使って影を増やしたり、攻撃を誘導する力は見習うべき点だよ。」
葵生は少し笑みを浮かべながら最後に言った。
「でも、今日の訓練はあくまで第一歩。これからもっと成長できる。君たちなら、次はもっといい結果を出せると信じてるよ。」
千紗と夕音はその言葉を胸に刻み、再び立ち上がる決意を固めた。訓練の道はまだ始まったばかり。次の戦いに向け、彼女たちはさらなる成長を誓うのだった。




