21 寮母さんはお姉ちゃん
風紀委員たちが退散したあと、助けた女生徒から改めてさんざんお礼をされた。
去り際に、何度も振り返っては頭を下げる女生徒を、ネイチャンは小さく手を振りながら見送る。
俺は余韻もそこそこに寮に帰ろうとしたんだが、なぜかネイチャンも当然のようについてきた。
朝の一件といいさっきのことといい、なんでこの大聖女サマは俺に絡みたがるんだろう。
まぁいいかと思いつつ寮の前まで来た途端、足は否が応にも止まっていた。
朝、家を出るときには崩壊寸前だったオンボロ寮が……。
なんと新築同然に、ピカピカになっていたんだ。
まるでそこだけ時間が巻き戻ったみたいだ。
雑草だらけだった周辺もしっかりと整地され、刈り揃えられた芝生になっている。
下位ランクのヤツらが住んでいる寮に比べると、ずっと立派だ。
入り口のところにある立て看板もペンキ塗り立てのようにキレイだったが、そこには、
『ミカちゃんのおうち』
とあり、下のほうには小さな字で、
『入寮者募集中! 入寮したい人はお姉ちゃんに言ってね』
とあった。
俺は、隣でニコニコ顔をしている大聖女サマに向かって言った。
「これは、ぜんぶお前の仕業か」
「うん。気に入った?」
「なんで勝手に寮を直した。それに、なんで寮に入るのにお前に言わなくちゃいけないんだよ」
「だってお姉ちゃん、この寮の寮母さんだから。
校長さんに頼んで寮母さんにしてもらったの。
あ、でも、このことはみんなには内緒だよ?」
立てた人さし指を唇に当て、いたずらっぽい笑顔でウインクをするネイチャン。
片瞼を閉じた瞬間、ちいさな星が出た。
「お前はSSSランクの生徒なんだろ? なんでFランクの寮母なんかになったんだよ」
「だって、お姉ちゃんはミカちゃんのお姉ちゃんなんだから、当然でしょう?」
「俺のオヤジとオフクロにこんな隠し子がいたなんて知らなかったよ」
俺は頭のおかしい大聖女サマを皮肉ってやったつもりだったのだが、ヤツには通じなかった。
ヤツは「うふふ、これからよろしくね、ミカちゃん!」と太陽のような笑顔を返してくる。
この女と問答していると、なんだか調子が狂うなぁ……。
まぁいいか、しばらくすればこのワケのわからないお姉ちゃんごっこにも飽きて、俺から離れていくことだろう。
真新しい寮の中に入ると、ピアが廊下の向こうからぱたぱた駆けてきた。
「おかえりなさいませです! ご主人様! お姉ちゃん様!
ご主人様、お夕食はもうできておりますです!
お姉ちゃん様がたくさん食材を持ってきてくださって、ピアにお料理を教えてくださったんですよ!
お姉ちゃん様は素晴らしいお方です!」
ああ、ピアももう『お姉ちゃん派』になっちまってるのか……。
「そういえば、ヘルドランはどうした?」
ピアがいつも頭に乗せていた、あのブリキのドラゴンがいない。
尋ねると、ピアは玄関脇にある靴箱を指さした。
靴箱のすみっこには、ヘルドランが縮こまってフーシャー唸っていた。
まるで、拾われてきたばかりの子猫みたいに警戒心丸出しだ。
「ヘルドラン、いったいどうしたんだ?」
「わ、我が主よ……! そこにいる女を遠ざけてはくださらぬか……!
その女には、我ら闇の住人たちが苦手とする、強き光を持っておる……!」
「ヘルちゃん、お姉ちゃん様が来てからずっとこうなんです。
お姉ちゃん様はとてもおやさしいお方なのに、こんなに怯えるだなんて……」
するとネイチャンは、絶え間なき笑顔でヘルドランに向かって手を伸ばす。
シャーッ! と威嚇するヘルドランを、構わずむんずと掴むと、
「うふふ、怖がらなくていいのよ、ヘルちゃん。お姉ちゃんと仲良くしてね」
慈しむような言葉とともに、ぎゅうっと抱きしめる。
ネイチャンは胸がかなりでかい。
抱きしめられたヘルドランが谷間に埋もれると、姿がまったく見えなくなるほどに。
それはさながら、入道雲に飲み込まれた竜のような光景であった。
ヘルドランは大聖女の胸中で「ムガー! モゴー!」ともがきまくる。
しかしその抗議の叫びはやがて「フニャ……フニャア……」と、とろけるような声に変わった。
そして、胸からズボッと取り出されるなり一言、
「な……なんという、無限の柔和……!
このように柔らかくあたたかいものは、悠久に生きる余ですら知らなんだ……!
ね……ネイチャン様は、我が主と比肩するほどに、素晴らしいお方である……!」
神竜は、大聖女の身体を張った愛に心を打たれ、あっさり心を許してしまったようだ。
この寮は、もうすっかり『お姉ちゃんゾーン』と化していた。
どこもかしこも花が飾られていて、どこにいてもいい香りが漂ってくる。
食堂にいくとごちそうがずらりと並んでいて、しかも俺の好物ばかり。
俺はなんだか、実家にいるような不思議な感覚に囚われていた。
……まあ、なんでもいいか。
せっかく用意してくれたんだから、有り難く頂くとしよう。
しかしネイチャンは、悔しそうにエプロンを噛んでいた。
「お姉ちゃん門限があって、そろそろ自分の寮に帰らなくちゃいけないの。
できればミカちゃんといっしょにお夕飯を食べて、いっしょにお風呂に入って、寝るまでそばにいたかったのに……」
「それはもう寮母じゃないだろ。っていうか、門限あるのかよ」
「ううっ、こうなったら門限を破って、ミカちゃんといっしょに……。
でもお付きの人たちの目を誤魔化してここに来てるから、そういうわけには……」
「まったく、付き人をまいてまでするようなことじゃないだろ。
寮を直してくれてメシを作ってくれたことには感謝してるけど、無理してまで来るなよな」
「うふふ、ミカちゃんはそうやって邪険にするけど、本当はお姉ちゃんのことを心配してくれてるんだよね?
でも、お姉ちゃんはそれ以上にミカちゃんのことが心配だから、また来るね!」
ネイチャンはそう言って、寮内にある転送の魔法陣で、自分の寮に帰ろうとする。
これについてはさすがに俺も突っ込まざるをえなかった。
「っていうか、こんな所に転送の魔法陣まで作っちゃったのかよ。
転送の魔法陣といえば、業者に頼んだら設置に100億クレジットはかかるってのに」
「うん。いつでもミカちゃんに会いたいから、お姉ちゃん奮発しちゃった」
「奮発ってレベルじゃないだろ。
それに転送の魔法陣といえば、設置するのにも国王の許可が必要なはずだぞ?
こんな所に作るのに、許可なんて下りるわけがないのに……」
まさか無許可の転送魔法陣なのかと思い、術式を調べてみたが、しっかりこの『魔導都市センキネル』の国王の魔導署名があった。
「うん。王様も最初は渋い顔だったんだけど、いつでもミカちゃんに会いたいから、お姉ちゃんがんばっちゃった」
「がんばってなんとかなるレベルのことだったのか」
「この魔法陣はミカちゃんも使えるにようにしてあるから、お姉ちゃんに会いたくなったらいつでも使ってね」
「まぁ、気が向いたらな」
ネイチャンは終始微笑みを絶やさぬまま、転送の魔法陣で帰っていった。
まったく……初めて会ったときからそうだったが、とんでもなくマイペースな大聖女サマだな。
俺はネイチャンを見送ったあと、ピアといっしょに晩飯を食べる。
ネイチャンとピアが作ったという料理はとんでもなく旨くて、なんだか懐かしい味だった。




