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本物の恋にする日


「それ、私が選んだ指輪だよ」


美月の声は、冬の空気より冷たかった。


私は手の中の小さな箱を見つめた。

指輪は、街灯の光を受けて静かに光っている。


悠真はすぐに美月の方を向いた。


「違う」


「何が違うの?」


美月は笑ったまま言った。


「その指輪、前に私と見に行った店のやつでしょ? 私がかわいいって言ったやつ」


悠真は黙った。


その沈黙だけで、私の心はまた崩れそうになった。


やっぱり。

私はまた、誰かの代わりだったのかもしれない。


「紗良、聞いて」


悠真が私に近づこうとした。


私は一歩下がった。


「もういい」


「よくない」


「何回それ言うの?」


声が震えた。


「悠真はいつもそう。違う、よくない、聞いてって言うけど、結局いつも私に信じさせるだけじゃん」


美月は少し勝ち誇ったように笑った。


「ほら。傷つけるだけでしょ、その子のこと」


悠真は美月を見た。


「美月」


その声は、今まで聞いたことがないくらい静かだった。


「俺、もう戻らない」


美月の笑顔が消えた。


「……何?」


「その指輪を一緒に見たのは本当。でも買ったのは今日だ。紗良に渡したくて、自分で選び直した」


「でも、私が好きって言ったからでしょ?」


「違う」


悠真ははっきりと言った。


「紗良が、前に言ってたから」


私は顔を上げた。


「私が?」


「夏祭りの帰り、雑貨屋の前で言ってた。派手じゃないけど、こういう小さい石の指輪かわいいって」


覚えていなかった。

そんな何気ない言葉を、悠真が覚えていたなんて。


「俺、あの時からずっと探してた」


悠真は私を見た。


「半年分の報酬なんて、嘘。本当は、ちゃんと告白する勇気がなかっただけ」


胸が苦しくなった。


「じゃあ、なんでそんな言い方したの?」


「断られるのが怖かった」


悠真は苦笑した。


「最初にふりを頼んだのは俺なのに、本気になったら一番臆病になった」


美月が小さく息を吐いた。


「最低」


「うん。最低だった」


悠真は逃げなかった。


「美月にも、紗良にも、ちゃんと向き合わなかった。だから今日で終わらせる」


美月の目に涙が浮かんだ。


「私、本当に戻れると思ってた」


「ごめん」


「謝らないでよ。余計惨めになる」


美月はそう言うと、私を見た。


「あなたも、こんな男やめた方がいいよ」


言い返せなかった。


美月は踵を返して歩き出した。

その背中は、強がっているようにも、少しだけ寂しそうにも見えた。


残された私たちの間に、沈黙が落ちる。


駅前のカウントダウンイベントの音が遠くから聞こえた。

あと少しで、今年が終わる。


半年契約も、終わる。


悠真は私に向き直った。


「紗良」


「うん」


「半年だけ彼女になってって言ったこと、後悔してる」


やっぱり、と思った。


でも悠真は続けた。


「でも、紗良に出会えたことは後悔してない」


目の奥が熱くなった。


「俺、最初は本当に最低な理由で紗良を巻き込んだ。でも途中から、ふりじゃなくなった。朝、一緒に行けるのが嬉しかった。紗良が隣にいると、ちゃんと自分でいられた」


私は何も言えなかった。


「好きです」


悠真はまっすぐ私を見た。


「半年だけじゃなくて、来年も、その先も。紗良の本物の彼氏になりたい」


ずっと欲しかった言葉だった。


でも、簡単に頷けるほど、傷つかなかったわけじゃない。


「私は、怖い」


正直に言った。


「また誰かの代わりになるのが怖い。悠真が優しいたびに、それが私だけに向けられてるのか分からなくなる」


「うん」


「好きだった。でも、好きだから苦しかった」


「うん」


悠真はただ聞いていた。

言い訳も、慰めもせずに。


それが少しだけ嬉しかった。


「だから、すぐには信じられない」


「分かってる」


「それでもいいの?」


悠真は頷いた。


「今度は、半年じゃなくて、ちゃんと時間をかける」


その時、駅前のスクリーンにカウントダウンが映った。


10、9、8――。


周りの人たちが声を上げ始める。


私は手の中の箱を見つめた。

指輪はまだそこにあった。


「これ、受け取ったら付き合うってこと?」


悠真は少しだけ慌てた。


「いや、そういう圧をかけたいわけじゃなくて」


「じゃあ、預かる」


「預かる?」


「私が本当に信じられるようになったら、その時に返事する」


悠真は一瞬驚いたあと、泣きそうに笑った。


「うん。待つ」


3、2、1――。


年が明けた。


周りで歓声が上がる。

花火の音が遠くで鳴る。


私は指輪の箱をコートのポケットにしまった。


半年だけの恋は、終わった。


でも、それは失恋でも、別れでもなかった。


ふりから始まった関係を、本物にするための、最初の日だった。


悠真がそっと手を差し出した。


「手、繋いでもいい?」


私は少しだけ考えてから、その手を握った。


「今日だけね」


「うん」


「あと、彼女っぽくとか言ったら怒る」


悠真は笑った。


「分かった」


新しい年の冷たい空気の中、私たちはゆっくり歩き出した。


半年かけてついた嘘を、これから本当の言葉で塗り替えていく。


でもその時、私のスマホが震えた。


差出人は、美月だった。


> 最後にひとつだけ。

> 悠真があなたに言ってないことがある。


私は足を止めた。


悠真が心配そうに私を見る。


「紗良?」


画面には、続けてもう一通メッセージが届いた。


> 半年前、悠真があなたを選んだ本当の理由、知りたくない?


私はスマホを握りしめたまま、悠真の顔を見た。


新しい年が始まったばかりなのに。


私たちの恋には、まだ秘密が残っていた。


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