第9話 地下大神殿の上層へ
骸骨の聖騎士に幽霊の聖典書記、そこへ地下三階層で出会った元魔王軍幹部のラーガまで加わり、地上を目指すわたしたちは、ずいぶん個性的な顔ぶれになっていた。
ラーガは一緒にいられるのがよほど嬉しいのか、ときおり熱のこもった目でわたしを見つめてくる。
そのたびに瘴気まで漏れ出しそうになり、わたしは別の意味でドキドキしっぱなしだった。
ラーガには聞きたいことが山ほどあって、あれこれ質問を重ねているうちに、気づけば地下一階層まで上っていた。
「……そんなわけで、私はヨルカ様が『祈りの眠り』に入られたと伝わる聖地を探していたのですぅ!」
「ラーガは魔王軍にいたんだよね? わたし、魔王軍なんて聞いたこともないんだけど」
「吾輩は啓示暦378年に没しましたが、当時も魔王の話など耳にしたことはございませぬな」
「そうだ、確かめなきゃ……結局、今は啓示暦何年なの?」
「ええと、今年は啓示暦801年でございますぅ」
啓示暦801年……
わたしが『祈りの眠り』についたのは、啓示暦143年。
ええと……。
指を一本ずつ折って数えてみたものの、すぐに分からなくなった。
「ヨルカ様が『祈りの眠り』に入られてから、658年が経っておりますね」
658年!?
覚悟はしていたけれど、想像していたより、ずっと長い時間が過ぎていた。
それだけの年月が過ぎれば、ラーガのように瘴気と神聖力の両方を扱える人が現れたりもするのだろうか。
それとも、ラーガが特別なだけ?
もしラーガだけなら、わたしはその体にかなり興味がある。もちろん、変な意味ではない。
「ねえ、ラーガ。瘴気って、どうやって操ってるの? わたし、それがすっごく知りたい」
「ヨルカ様は、瘴気がお嫌いではないのですかぁ? 聖典には、瘴気を鬼神の如く浄化なさったと記されていましたけどぉ」
うーん。鬼神の如く、かぁ……
走馬灯のなかで見た、小さなわたしが放った破邪の黄金……地平線に黄金の太陽が浮かんでたもんなぁ。
たしかに、あのときのわたしは鬼神みたいな勢いで、瘴気を消し飛ばしていた気がする。
「瘴気は嫌いだけど、誰かの役に立つなら、使い方を考えてもいいのかなって。ほら、ひとつに集めて浄化できたら便利そうじゃない?」
「ヨルカ様! そのお言葉は、聖女様のものとは思えません」
「左様です、六合星教会から、いらぬ反感を買いかねませんぞ」
二人にたしなめられてしまった。
でも、それもその通りだ。瘴気は多くの人にとって命に関わるものだし、ガルドルフだって片腕を失ったばかりなのに、便利そうだなんて気軽に口にしていいものではなかった。
「ごめんなさい。今の言い方は、ちょっと軽率だったね」
わたしが謝ると、ラーガはなぜか嬉しそうに口元を緩め、目を輝かせて見上げてきた。
「ああ、ヨルカ様は、やっぱり私が憧れていたとおりの聖女様ですぅ。そうやって何気ないお言葉で、たくさんの人を救ってこられたのですねぇ」
今の会話のどこに、聖女らしさなんてあったのかな?
気のせいかもしれないけど、ラーガはわたしを少し盲信しすぎている。
「私が瘴気を扱える理由は自分でもわからないんです。ただ、魔王様は何かご存じだったようですけどぉ」
「そっかぁ。それは、ちょっと残念だね」
「ですが、神聖力を扱えるようになったきっかけなら、はっきりしています! 魔王軍が解散して、進むべき道を見失っていたころ、私はヨルカ様の聖典に出会ったのですぅ」
わたしの話になった途端、ラーガの声はうっとりと甘くなり、次第に早口になっていく。
「それから聖ヨルカ修道会に身を置かせていただき、神聖力を身につけ、今日に至るのでございますぅ!」
エリナが書いたわたしの聖典、影響力がすごすぎるでしょ。
いったいどんなふうに脚色したら、元魔王軍幹部がここまで立派な信徒になってしまうのよ。
……いや、ちょっと待って。
「今、聖ヨルカ修道会って言わなかった?」
「はい! ヨルカ様のお教えのもとで聖典を読み、聖務に励み、清貧に、けれど強く生きる。それこそが、聖ヨルカ修道会でございますぅ!」
なんてことでしょう、わたしの修道会まで作られていたなんて……。
エリナったら、いったいどれだけ聖典を盛ったのよ。
そう思ってエリナに目を向けると、彼女は気まずそうに目をそらした。
どうやら心当たりがあるらしい。
「吾輩も初耳ではございますが、ヨルカ様を慕う者は、かつて各地におりましたからな。長い年月のうちに、それが修道会という形になったのやもしれませぬ」
偉大な聖人や聖女の列に名を連ねるなんて、考えたこともなかった。
「ヨルカ様も、聖ヨルカ修道会にご興味がおありですかぁ? ぜひ私とご一緒に、ヨルカ様を信じましょう!」
ラーガは満面の笑みを浮かべていた。
少し落ち着いてほしい。信仰されている本人に、その本人を信じろと勧めてどうするのよ!




