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第五章「淘汰されるは人か獣か」1

『機械獣が街に侵入しました。住民の皆さんは、速やかに頑丈な建物内に避難してください。決して外に出ないでください。窓から離れ、建物の奥にいてください。繰り返します…………』


 響き渡るサイレン。動揺する街の人々。クレハは街の様子をマンションの最上階の外廊下から眺めていた。道ゆく人々は、まだこのサイレンが何を知らせるものなのかうまく呑み込めていないようだった。機械獣が進入してきたという放送が幾度とれているのに、その危機感が全く伝わっていない。


 それもそうだ。パウロで暮らしてきた人たちにとって機械獣とは、自分の生活する世界の外にあるものであって、自分たちの生活には決して介入することのなかった概念だ。彼らは知らないのだ。機械獣が街に侵入したことの恐ろしさを。理不尽に襲い掛かってくるあれの恐ろしさを。


 しかし、他の多くの都市では、既に襲撃をうけたところも多い。人類が地上に出てから五十年余り。ついに内陸中心都市のパウロの順番がまわってきてしまったのだ。平和ボケしすぎた。それが安全圏にいた弊害であろう。


 軍はもう動いているのだろうか。自分は何をすればいい。


 状況が全く分からない。見える範囲では軍の装甲車も戦車も見えない。


 立ったまま迷っていた。すると誰かが外廊下に出て来る。三十代くらいの女性と三歳くらいの男の子の親子だった。サイレンが気になって出てきてしまったのだろう。


 すぐクレハは親子に歩み寄る。


「早く。中に入って!」


 二人はびくりと驚いたようにクレハを見た。状況が理解できていないのか硬直したまま佇むままだった。


「外は危険です。早く中に」


「でも機械獣が都市に近づいてきているんでしょ。早く逃げないと」


「もう機械獣が都市に侵入してきています。逃げるにはもう手遅れなんです」


 その時、銃声が響く。『ドッドッドッド』と胸を打つような振動が伝わってくる。それがあちこちから聞こえてくる。


 子供が怖いよと、母親の腕にしがみついた。


「早く入って」


 クレハの鬼気迫る語気に親子はようやく自宅に入った。だが、まだほかにも出てきてしまってる人がいるかもしれない。呼びかけないと。


 クレハは、各階を回った。二階では老夫婦がそこからよく見えもしない外の様子をきょろきょろと伺おうとしていた。クレハは遠くから呼びかける。


「外は危険です。中に入っててください」


 老夫婦は振り向きはしたものの、室内に入ろうとしない。クレハは、駆け寄る。


「小型機械獣が街に侵入してきました。避難は手遅れです。家の中でじっとしててください」


 そこまで言っても老夫婦の反応は鈍かった。危機感がなさすぎるのだ。クレハは、老夫婦の説得を諦めて自宅へと戻った。呼びかけの効果が薄いと分かったいま、やるべきことは一つしかない。


 ——戦わなきゃ。


 クレハは、クローゼットを開けて、軍服の上着を羽織った。


 その足で、リビングルームの隅っこにある金庫を開ける。そこにしまわれているものは、高価な貴金属類でも、現金でも、思い出深い大切な物でもない。しまわれているのは、一丁の拳銃だ。クレハも正式な扱いは軍人。有事の際は、携帯が許可されている。


 射撃訓練は継続してきた。だけど、あの時の記憶がよみがえる。グレイブに踏み倒された。その恐怖が手を震えさせた。


 これで戦おうとしても二年前と同じようになるかもしれない。


 でも、ここでやらなければ自分は怖くて逃げた恥ずべき軍人のままだ。


 クレハはガンベルトを腰に巻き付ける。それから金庫の中からマガジンを二つ、つかみ取って上着の内ポケットにしまい込んだ。


 闘志に駆られるがまま家を飛び出した。外廊下を駆け階段をほぼ飛び降りるように下り、一階へ。エントランスをくぐった。


 車道に出る前に塀に身を張り付け、左右を確認する。


 グレイブの姿はない。


 クレハは、戦場へ駆けた。

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