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第四章「記憶の紬」15

 翌日、クレハは、タイラスの教官室を訪れていた。


 対談スペースではなく、仕事用のデスクを挟んで向かい側に座る教官は、静かな眼差しをクレハにおくっている。


「今日は、なんだか晴れやかな顔をしているね。意を決したと見た」


「ええ、もう決心しましたから」


「答えを聞こう」


 クレハは、深呼吸する。そして、胸の中にはっきりと存在する想いを口にした。


「私は、レオン・ファーベルクのレフォルヒューマン化を希望します」


「いんだね。後戻りはできないよ」


「ええ、わかっています」


 タイラスが注意深くクレハの表情を見てくる。だけど、クレハの決心は揺らいだりしない。クレハは、視線をそらさず、まっすぐタイラスの目を見返す。


「その目。嘘偽りはなさそうだね」


 穏やかに表情を綻ばせるタイラスは、机の引き出しから一通の封筒を取り出し、クレハに差し出した。


「レオンからの手紙だよ」


 クレハは、封筒を受け取った。中身を取り出さず、じっと封筒を見る。どこかで見た気がする。


「これって遺書ですか?」


「そうだよ。君も武器を扱う訓練を始める前に書かされたよね」


「ええ、確かに。その時のなんですか?」


 タイラスは頷く。


「内容は、すまないけど機密漏洩を防ぐため、先に読ませてもらている。レオンの君への思いがつづられていたよ」


 クレハは、封筒の中身を取り出す。紙を広げてみると、そこにつづられた文字はレオンの直筆だった。筆圧の強くて、どこか不格好な文字。


 クレハは、その一つ一つを目で追う。




   ***




 親愛なるクレハへ


 


 君がこの手紙を読んでいるということは、俺はもうこの世にいないか、重傷を負って意識を失った状態かのどちらかだろう。生きていても回復の見込みはないといった感じかな。つらい思いをさせてしまってごめん。


 さて、未来の俺は、ちゃんと君に気持ちを伝えられたのだろうか。いま自分で書いていてものすごく不安なんだ。俺は臆病者だから、もしかしたら伝えられなかったのかもしれない。もしそうだったらごめん。いま伝える。愛しているよ。


 それで、君がもしも、俺に気があったのなら一つだけ頼みを聞いてほしい。


 もし、俺が死んでなくて、生命維持装置なしで生きられない状態になっているのなら、どうか俺をレフォルヒューマンにして欲しい。


 この残虐な世界でもっとも失いたくないもの。それが君だ。


 俺に君を守らせてほしい。愛してる。


             


レオン・ファーベルクより




   ***




 読んでいる途中から涙が止まらなかった。堪えられない思いが、閉じ込めていた願いがどっと押し寄せてきて涙を止めることを許してくれない。


 クレハは、手紙を二つ折りにたたむと、そっと、胸に当てた。レオンの思いがじんわりと伝わってくる気がした。


「これをすぐに見せられなかったのは、決断する前に見てしまうと気持ちが動いてしまうと思ったからなんだ。許してくれ」


 クレハは、首を横にふった。教官のどこにお咎めがあるというのだろうか。レオンの気持ちを知ることが出来ただけで、クレハは嬉しかった。


「そしてもう一つ。君に選択をしてもらうよ。今度は君自身のための選択だ。君はこのまま航空科を卒業して、軍用機のパイロットになるのか。それとも、中退してインスペクターの資格をとってレオンのサポートをするのか。どちらを選ぶ」


 そんなの決まっている。これだけ思いあっているというのに、なぜ見捨てることが出来るというのだろうか。


「私は、インスペクターになります。レオンのインスペクターを私にやらせてください」


 クレハは、手紙を胸に抱いたまま、タイラスに頭を下げた。


「さあ、めそめそしている時間はないよ。インスペクターの資格試験はすぐだからね。君がレオンを生かすんだ。技術革新でレオンが人に戻れるその時までね」


 


 レヴィンスは一人、寮の自室にこもって勉強していた。部屋の照明を落として、卓上照明の明かりだけで、電気工学の参考書の問題をやりこむ。昼食をとってから、ずっと没頭していた。夜になったのに気が付いたのは、外からの明かりが消えて、部屋が暗くなったからだった。


 さすがに休憩しよう。


 レヴィンスは、さきに部屋の照明をつけて卓上照明をおとす。ベッドに倒れ、抜け殻のようにうずくまった。もぞもぞと手探りで枕を引っ張ってくると、頭の下に入れた。ついで携帯情報端末を手探りでとる。集中したいからと電源を落としていた端末はひんやりと冷たかった。


 携帯端末を開くと、ぽんと通知音がなった。どうやら、誰かが電話をしてきて、メッセージを残したみたいだ。


 メッセージを残したのはクレハだった。音声でわざわざ残したということは、それだけ強く伝えたいことがあったからなのだろうか。


 レヴィンスは、メッセージファイルを開いた。すかさず、スピーカーを耳にあてる。


『レヴィンス。あなたに伝えないといけないことがあるの。さっき、レオンのレフォルヒューマン化に同意してきたわ。あなたの意見がどうなのか、わからなかったけど、私にはこの選択しかできなかったの。違っていたらごめん。


 それで……、私、インスペクターを目指すことにした。いいえ、インスペクターになることにしたの。それで、明日にも退学届けを学校に提出する。すぐに寮も出て、専門機関に入って勉強するつもり。


 しばらくの間、会えないけど、あなたはあなたで元気にやってね。じゃあね』


 レヴィンスは携帯端末をシーツの上に置くと、ため息を漏らした。


 なにが違ったらごめんだ。違うことなんてあるわけねえだろ。俺たちは、ずっと一緒だったんだ。これからも同じ道を歩んでいくに決まってる。


 レヴィンスは、おもむろに立ち上がると、机の上に出しておいた転科届を手に取る。まだ空白だった希望学科の欄に機械工学科と記入した。それを白い封筒に畳んで入れると、バッグの中に放り込んだ。




   ◇




 あの決意から三か月が経った。


 レオンの機械化までの過程は、思いのほか時間のかかるものだった。


 まず、レオンに必要なパーツや機器類が揃うまでに一か月、さらにレオンの生体記録から設計された義手や義足をくみ上げるのに二週間がかかった。待っている身としては、やっとの思いで手術がはじまったのに、そこからの過程も長いものだった。生きた細胞と機械部の間に特殊な細胞を挟み、それが馴染むまでにまた二週間。必要な機械を組み入れ、やっと目覚めたと思ったら、今度はリハビリ生活が始まった。レオンが人間の基本動作を出来るようになるまでに約二週間。そのあと病院で経過観察をしながら戦闘訓練をするのに二週間。クレハはこの三か月間でレオンと一度も会わなかった。


 クレハは、この間にまず、軍大学を中退し、インスペクター専門学校に生徒登録した。それから急ピッチで講義を受講し、必要課程を二ヶ月で全て完了させた。さらに、レオンが軍病院を退院するまでに試験に無事合格し、軍人登録を済ませるところまでをなんとか済ませたのである。


 タイラスは、クレハの行動力の高さをオゼインシェルタ―の最高高度並みだと評価した。ちなみにオゼインシェルターの最高高度は千メートル以上である。


 クレハもなぜ、自分がここまで頑張れたのかわからない。


 ただ両親は、娘が戦場に出ることがなくなったことをすごく喜んでいた。




 そして、レオンの退院の日が明後日に迫るころ。クレハは、レフォルヒューマン専用棟を訪れた。その中のレオンのものとなる予定の部屋に、一足早く脚を踏み入れる。新調された綺麗なベッドに本棚と読み書き用のこじんまりした机だけの部屋。なんだか、学生寮みたいとクレハは思った。 


 クレハは、本棚に近づく。本棚には新しく買った本もあったが、ほとんどが寮のレオンの部屋から持ってきたものである。しかし、まだ二割くらい隙間を埋められていない。


 クレハはバッグから一冊の本を取り出す。ブラウンレザーのカバーがかけられた本。その本をクレハは、本棚にしまった。

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