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第四章「記憶の紬」12

 左腕にアームホルダーをつけて、クレハは、病院を出た。しばらく浴びていなかった日光を一杯に浴びる。


 グランツェの町並みは、連邦の第二主要都市とされているだけあってパウロと大差ない規模だ。街には高層ビルがあり、ところどころに小中規模の工場があり、そしてマンションがある。


 見渡す限り人工物しかない街並みに街路樹が数少ない緑を提供してくれている。


 そんな何も変哲のない街並みがクレハの心をいつもどおりに戻そうとしていた。ここ数日間の非日常があまりに心身に応えて、ふと目に映る日常の光景にほっと一息つく。


 病院のエントランス正面を横切る構内道路には、一台のワンボックスカーが止まっていた。一般的なワンボックスカーよりも一回り大きい。


 ふと、病院の自動扉が開く。四人の男性がストレッチャーのようなものを押してくる。上部には人が丸々入り込めそうな白い箱が設置され、相当重いのか男性四人は息を切らしながらカートを押している。


 クレハは、直感的にコールドスリープ装置だと思いカートに近づいた。上面の一部がガラスとなっているため中が覗けそうだ。しかし、カートを押している男に阻まれてしまう。


「顔も大火傷してしまっている。見ない方が良い」


 男たちが運んでいる最中、クレハが覗き込める隙は一度もなかった。レオンを乗せたカートは、そのまま車の中にのせられ、後ろ扉が閉められた。


「早く乗ってください」


 男性四人はすぐに車に乗り込む。クレハは、助手席が余っていたので、そこへ乗り込んだ。ぴりぴりとした空気感が車内には漂っていた。一つは、グランツェから脅威が完全になくなったたわけではないからだろう。


 まだ、グレイブの侵入経路となった地下鉄道駅の出入り口を塞げていないのだ。しかも駅からは地下都市へも侵入が出来てしまい、軍はそこへの捜索もする羽目になっている。地下都市への捜索は、レフォルヒューマンが投入され、地上の街の道路では軍用車が一定間隔で配置され、街は依然として緊張状態だ。


 こんな状況下でも、グランツェ政府がレオンの搬送に協力的なのは、パウロ軍の協力が大きい。兵のほとんどを失ったグランツェ軍は、他都市に頼らなければ防衛を維持できない状態にある。


 しかし他の都市も今回の襲撃で多くの兵力を失ったため、協力が出来る状態になかった。


 そこでパウロが手を差し伸べることになったのだ。グランツェの兵力が襲撃前と同等になるまでの間、都市防衛をパウロの軍が担う。結果として都市間の主従関係が出来上がったのである。


 グランツェは、パウロの意向に従わないと同盟がきられてしまうので、パウロの要望には逆らえないといった状況なのだ。あまり聞こえはよくないけど、結果的にレオンのコールドスリープが維持されているのだから悪く思えない。


 本来なら、他都市の軍人のためにコールドスリープ装置を使い続けることなど、ありえない。コールドスリープ装置は負傷兵を永久に保存できるものである。いずれレフォルヒューマンとして、あるいは再生治療により、人として当たり前の生活に戻れるような治療を受けられるその時まで、生きたまま残して置くことが出来る唯一の装置なのだ。それを他都市の軍人に使われ引き渡すとなると、いい気分ではないのだろう。


 クレハは、空気を読んで車内ではずっと黙ったまま過ごした。下手にしゃべって墓穴を掘らないように努めた。


 やがて車はグランツェの軍基地に到着する。飛行場内でクレハは車を降りた。


 重たい空気からの解放。


 傍には輸送機が待機していた。黒い詰襟の軍服を着た男と、輸送機のパイロットだろうか、カーキー色のパイロット服に身を包んだ男が並んでいる。


 クレハが近づくと軍服を着た方の男が手を挙げる。


「待っていたよ」


「タイラス教官。ご無事で」


 タイラスは、にかっと笑った。


「レオンがギガセンテに深手を負わせてくれたからね。私は出動を魔逃れたのだ。私がいま生きているのは、彼のおかげだよ」


 車から降ろされたコールドスリープ装置を輸送機の搭乗員が、格納庫へと積み込む。ベルトでの固定を含む積載作業はあっという間に終わり、残りはタイラスとクレハのみとなった。


「さあ、乗ってくれ、すぐに出発だ」


 輸送機はクレハが席に着くとすぐに飛行場を飛び立った。


 シェルターの外に出て、安定高度に到達すると、タイラスがやってくる。


「隣、いいかな」


「ええ。大丈夫です」


 タイラスは、クレハの隣の席に静かに腰を下ろした。


「レヴィンスには、もう話したことなんだけど、君にも話しておかないといけないことがある」


「なんでしょうか」


「レオンをこれからどうするかについてだ」


 クレハは、『うっ』と息が詰まった。


「レオンがパウロに戻っても、出来ることは死なせないことだけだ。普通の生活にはもう戻れない」


「レヴィンスもそう言っていました。レオンの体はそこまでひどい状態なのでしょうか」


「墜落した衝撃で骨盤が粉砕されていたんだ。あと、ところどころ脊椎もやられていてね。いくら再生医療があるとはいえ、完全回復とはいかない」


 クレハは、タイラスの言葉にひっかかりを覚える。確かに治療するにも大手術が必要になるのはそうなのだろう。けれど、レフォルヒューマン用の生体器培養装置があるにも関わらず、完全回復ができないというのは、ピンとこない。それにクローン技術だってある。必要パーツならそこからでも採れるだろう。


「本当にできないのでしょうか。再生治療によって、あらゆる生体組織を作ることが出来ますし、そもそも私たちは家畜をクローン化しています。不足パーツは絶対にないはずです」


「そう。材料は揃えることは出来るよ。でも、再生治療は部分的な話だし、クローンの方も、あくまで受精卵からの話だ。人工受精卵をクローン技術で作って、それを育てたに過ぎない。レオンのクローンを育てて大人になったところを必要な部位だけ刈り取って移植するというのかね。意思がやどった人間の身体をさばいて必要な骨と臓器を取り出せと?」


 それは、あんまりな話である。クレハは想像して背中がぞわぞわした。


「内臓や一部の皮膚を再生させて移植するのとはわけが違う。身体そのものを取り換えるようなものだ。そんな大きな手術、まず体がもたない。正直に言うと厳しいよ」


 タイラスはクレハに見えるように指を二本立てた。


「それで、私たちが取れる選択は二つだ。一つは、来る技術革新を待ってこのままコールドスリープを継続するか。もう一つはレフォルヒューマンに生まれ変わらせるかだ。ただし、コールドスリープも永続的ではない。いずれ、他に必要な人が出て来る。その時には、死か、レフォルヒューマンになるかの選択が必要になる」


「つまり、どっちにしろ決断しないといけないということなんですね」


「そうだ。酷なのはわかっているけどね。このままずっと引き延ばすこともできないんだ」


「レヴィンスはなんと答えたのですか?」


「さあね。それは君の希望を曲げてしまうかもしれないから、答えるのは君の希望を聞いてからにするとしよう」


 タイラスはどこまでも落ち着いた口調を崩さない。それは、クレハに冷静に考えて欲しいからなのか。単に時間が有り余っているからなのかわからない。


「じっくり考えるといいよ。一週間や二週間でその瞬間はこない。焦らず、自分の真意を聞いてごらん。もちろんレオンがどう思っているのか考えるのもいいけど、まずは、君がどうしたいのかだ。後悔しない選択をしなさい」


 言い終えるとタイラスは、前の方へと歩いて行ってしまった。


 たとえ、このままコールドスリープの延長を選択しても、結局は決断を先延ばしにするだけにすぎない。いずれ選択の時が来る。その時は今みたいに落ち着いて考える時間はもらえないだろう。


 決断は早い方が良い。

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