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第四章「記憶の紬」11

 外の見えないテントの中、刻一刻と過ぎてゆく時間が、無限に続いていくかのように思えた。時計に表示される数字がどのくらい増えたか数えても、いくらでも新しい数字が表示される。


 レオンが出発してからどのくらいたっただろう。外はいまだに騒がしい。たぶん、ボイドシティから救助された兵士たちが、自らの出撃する順番を待っているのだ。


 クレハは自分の手に目を呉れる。あのとき、繋がりを求めてつないだ手が離れたとき、抱きしめられてキスをした。


 その彼は今戦場で、果敢に戦っているのか、それとも、もうこの世にいなくなってしまったのか。


 レオンは、最後を覚悟していた。クレハはその覚悟を受け止めたつもりだった。だけど。


 ——受け止めきれるわけないじゃない。


 帰ってきて、絶対に。


 こうなるんだったら、あの夜にちゃんと思いを伝えておけばよかった。そうすればレオンは、軍人を目指すことをためらっていたかもしれない。


 後悔は後を絶たない。


(レオン、なんで軍人じゃないといけなかったの?)


 当然答えは返ってこない。だけど、心の中の問がある仮説を呼び起こした。


 ——レオンは、私を守りたかっただけではないのか。


 あの日の夜、レオンは私が軍大学に進むことを拒んだ。それはただ単純に私のことを大切に思っていて戦場に赴く軍人にはなってほしくなかったからなのではないか。


 クレハは、椅子から立ち上がっていた。衝動に駆られるがままテントを飛び出す。広場から南の空を見上げた。レオンがいるであろう青空を。


 白煙の柱が幾本も立ち昇っているもののギガセンテの姿は見えなくなっていた。いったいなぜ。いつの間に撤退したっていうの?


 クレハが訳も分からなくて立ち尽くしていると、近くの軍人の声が聞こえてくる。


「おい、第七隊が帰ってきたらしいぞ」


「まじか。英雄の帰還だ」


 英雄の帰還……。本当に追い払ってしまったというのか。


 クレハの脚は自然と飛行場の方へと向かっていた。その足取りは、一歩踏むたびに左の鎖骨が痛むというのに駆け足へと変わる。


 ジェームの格納庫前には既に人だかりができていた。帰ってきた英雄を一目見ようと集まってきたのだ。クレハは人垣の後ろから背伸びして、前を見ようとしたが背丈が足りずに見えない。


 横から周ろうにも、すぐ横は走行レーンなので、整備クルーが両腕を広げて通れないようにしている。だけど、前に行かずにはいられない。


 整備クルーが広げる腕の下には大きな隙間があいている。クレハは、身をかがめながら腕をくぐった。まさか、抜けてくるとは思わなかったのか、整備クルーの反応は一拍遅かった。クレハを止めようと伸ばせられた腕は何もつかめず、空を掻いた。


「おい、入るな!」


 クレハは、無視した。走行レーンを走って、格納庫前の駐機場に侵入する。


 確認できたジェームの数は五機。コックピットの中でみなヘルメットをかぶっているので、誰が誰なのかわからない。


 キャノピーが開いて梯子をつたってパイロットが降りてくる。その瞬間、歩行路の人垣から歓声が沸く。甲高い指笛が眩暈をさせた。


 五人のパイロットがヘルメットを脱いで、歓声にこたえるように手を上げる。だけど、レオンとレヴィンスの姿が見えない。クレハはパニックになった。いくら確認してもそこにいるのはレオンとレヴィンス以外のパイロットだ。もしかして死んでしまったのか。目に涙がたまりかけたとき、肩を後ろからぽんと叩かれた。クレハが振り返る。


 後ろにいたのはレヴィンスだった。


「レヴィンス」


「ただいま、クレハ。不時着したから別で帰ってきたんだ」


 彼の言葉は、はっきりとしていた。でも、浮かない顔をしている。


「レオンは……、どこにいるの?」


 それがもっとも残酷な問いだったことを、クレハは言ってから気が付いた。レヴィンスは震える声をなんとか絞り出すように言う。


「ごめん、クレハ。レオンはもう普通には生きられない」


「そっか……」


 わかっていた。レオンが一緒に戻ってこられたのなら、レヴィンスはもっと晴れた顔をしていた。無念に押しつぶされそうな苦痛を醸し出したりはしなかっただろう。


「普通に生きられないってどんな感じなの?」


「両脚がもうない。全身にやけどを負っている。たぶん自力で呼吸することもできない」


 それはつまり、自力で生きていくことは困難。待っているのは、機械に管をつながれた植物人間になるという運命。もう二度と元に戻らない自分の世界の崩壊。足下が地割れを起こして、不安定に身を投げ出されるかのような感覚がした。それと同時に全身が異様に重たく感じた。頭から熱が消え、クレハは天を仰いだ。


「クレハ!」


 クレハの意識はそのまま暗闇に堕ちた。




 目が覚めると知らない白い天井が視界を埋めた。たぶん病院の天井。あの場所で気絶しちゃったんだ。


 隣にはレヴィンスがいた。彼は、心配そうに顔をのぞき込む。


「起きたか」


「レヴィンス……、ここは?」


「グランツェの一般病院だよ。軍病院が満杯になったからこっちに搬送されたんだ。二日は眠ってたよ」


 言われてみればレヴィンスは軍服を着ていなかった。カーキー色のシャツに下はグレーのパンツ。シャツにはしわ一つ付いていなくて新品の匂いがする。たぶん滞在が伸びたから新調したものなのだろう。


 ふとクレハは、意識を自分に戻した。私は本当に何をしているのだろうか。軍人を目指しているというのに、戦場に出ず、負傷して安全な場所で待っていたなんて。しかも挙句に気絶までして病院に搬送されるなんて、本当にどうしようもないな。


「レオンはどうなったの?」


「コールドスリープにかけられている。ここじゃ、処置ができないからパウロに戻ってから治療される」


「そっか……」


 レオンのいる明るい未来は絶たれてしまった。これから辛い事実に向き合っていかないといけない。まだ具体的にどうするべきなのか思い浮かばないけれど、それでも進まないといけない。


 クレハは、体を起こした。レオンに対して降りかかった不幸を思っても、涙はもう出てこない。枯れてしまった。おぼろげなまま、クレハは、レヴィンスに尋ねる。


「移されるのはいつなの?」


「明日だ。レオンと一緒に君も移されるよ」

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