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第三章「記憶の芽吹き」3

 人がたくさん集まるショッピングモールの三階にある映画館。他の階は、商品をよく見せるために、眩しいくらいに照明を強くしているけど、三階だけは、雰囲気作りのためか薄暗くなっている。


 高いところに設置された間接照明と映画の予告が流れるスクリーン、スタッフのいるカウンターの明かりだけが、その空間をやんわりと照らしている。


 映画館はいつきてもわくわくする。きっと、そうなるように雰囲気づくりを徹底しているからなのだろう。上の方に映し出されている予告映像にくぎ付けになっているレオンの手をひいて、クレハは受付に並んだ。


 チケットをとったのは『レット』というタイトルの映画だった。理由は、チケット売り場で堂々とポップが掲載されていて、人気なのかなと思ったからだ。見てからの感想というのは、残念なことに大満足とは、ならなかったけど。


 『レット』という映画は、人間とロボットの友情を描いた話だった。主人公の女の子の家に、お手伝いロボットとして迎え入れられるところから物語は始まる。最初は、平和な日常が描かれ、和やかな雰囲気だった。しかし、ある時を境に物語は急展開を迎えると、同時にクレハの心情も逆の意味で急展開を始めた。


 機械じみた怪物が街を襲ったのだ。もちろん、外の世界を知らない人間がデザインしたものなので、本物とは程遠い見た目だった。


 しかしその姿は、小さかったころに古生物の図鑑で見た生物を想起させた。たしか海と呼ばれる塩の水で満たされた場所に生息していた生き物だ。楕円形の頭があって、その下から糸のように細長い脚が数えられないくらいたれ下げている。構造上、頭の重みを脚だけで支えるのは不可能だろうから、頭に浮遊させるような装置がついているのだろう。


 その水生生物のような機械獣がビル群をぬって進群してきて、目から放つレーザー光線で街を破壊していく。そこに軍隊が駆け付け、機械獣対人間の戦闘が始まる。


 人々が死んでいく中、レットは女の子と一緒に避難所へ向かっていた。だけど、軍人が戦っているのを目の当たりにして、自ら攻撃に加わろうとする。


 レットはあることに本能的に気づいていたのだ。自分は人の役に立つために生まれてきたことを。


 そしてレットは知っていた。高精度なAIを搭載する場合、個々がバラバラに動くよりも指示役がいたほうが効率が良いことを。


 軍人と協力して指示役を特定すると、レットは爆弾を背負って特攻を仕掛けにいく。街の地下道を通って指示役の機械獣の真下まで来ると、触手のような脚を昇って自爆した。 


 レットの読み通り、大きい個体が破壊されてから周りの機械獣は攻撃をしなくなった。


 最後、避難基地で少女が軍の総統からレットが特攻したと知らされたところで映画は終わる。


 クレハは、見ている途中から二つの意味で冷めていた。


 まず、安易にロボットが特攻したこと。感動の押し売りをされたみたいな気分になって、解せない。次にこの映画はフィクションとして作られているけど、機械獣が人間の領域に進群してきていることは、事実だ。実際に自分たちが関わっていることが安易に娯楽映画になっているのが腹立たしい。


 映画の途中で退館したくなって、クレハはレオンの手を握った。だけど、異様な感触が手についた。レオンの手が濡れていたのだ。訳が分からず振り向くと、映像の光に照らされたレオンの顔に涙のしずくが垂れているのが見えた。


 レオンは、ぼろ泣きしていたのだ。しかも、レオンはクレハの手を握り返してくる。クレハは訳が分からずその場でたじろいだ。ほんの少したってから、レオンが感動をしているのだと気が付いた。


 レオンは主人公と自分の姿を重ねていたのだろうか。そう思うと連れ出すことなんて出来なかった。


 映画が終わってロビーに戻る。同じ建物内のフードコートに移動して昼食をとることにした。


 レオンには先に席についてもらい、クレハは食べ物を取りに行く。栄養を考えてサンドイッチとチキンサラダ、飲み物はオレンジジュースを選んだ。会計を済ませてレオンが待つ席に戻ると、レオンはまだ、涙袋をはらしていた。食べ物の乗ったトレーを先において席に着いた。


「レオン。さっき見た映画ってそんなに感動したの?」


「えっ? 逆にクレハは感動しなかったの?」


「私はあんまりだったかな。なんかお涙ちょうだいって感じが好きじゃない」


「オレは主人公に共感しちゃったけどな。レットはさ、最後、特攻したけど、あれは女の子のを守りたかったからだと思うんだよ」


「ふーん、そこに感動したんだ」


 クレハはサンドイッチの包みを開いてかぶりつく。


 共感したってことは、レオンにも誰か守りたい人がいるのかなと思ったりする。誰なのか……。レオンが常日頃から接する人は、インスペクターである自分と整備士であるレヴィンスだけだ。それ以外の人間とは、ほとんど接しない。


(もしかして、私のことなのかな……)


 クレハは口の中のものを一度飲み下してから考えてみる。


(いまのレオンも昔のレオンも、レオンであることには変わりはないのだ。だったら私のことを失いたくないと思っていてもおかしくはないのかも)


 だが、その考えをすぐに頭の片隅に追いやった。今のレオンは、以前の自分を愛してくれたレオンとは違う。レオンが守りたい人が自分だなんて、それはただの願望でしかない。


 気を紛らわそうとクレハは、再びサンドイッチにかぶりついた。


「あ、あのクレハ?」


「なに?」


 思わず、キッと視線を鋭くしてしまった。レオンが臆したように顔を強張らせるので、慌てて笑顔をつくる。けれど、それが余計にレオンを困惑させてしまったのかもしれない。レオンの顔に浮かぶ動揺がより一層深まる。


「いや、なんでそんなに怖い顔してるの?」


「何でもないよ。レオンとは関係のない事だから気にしなくていい」


 なるべく口調を穏やかにして言った。それでもレオンは、不思議そうに首を傾げた。人格を形成する記憶すら失くしてしまったレオンが、クレハの気持ちを理解する事は恐らくできない。今はそれでもいい。まだ気づかれたくない。いつになるか分からないけれど、レフォルヒューマンと人との間柄が穏やかになるときまで。


「ねえ、この後どうする? 基地に戻る?」


 レオンは両手を後頭部にまわし、背もたれに寄り掛かった。


「うーん、基地に戻っても、やることないしな」


「なら、ちょっと散歩でもして行く? 近くに大きな公園があるんだ」


「そうなの? 行ってみたい」

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