15話 名無しのラブコメ
イドキはトレンチコートの裾を引っ張る。
取り敢えずの目的が達成できて肩の荷が下りたのか、リラックスした様子のゲイルはイドキの方へ優し気に向いた。
「ん、どうした」
「……ゲイル。君はなんのために、その薬を求めるの?」
ゲイルは意外そうな顔をしつつも嬉しそうな表情は変わらない。
今にも耳を小指でほじくりながら、口笛を吹きそうな。そんな感じの表情だ。
自身の事情で気持ちが楽というのもあるが、この人の気持ちに疎い少女が他者の視点に立とうとしている事に対して喜びを覚えるのである。
それ故に、自身の素性を紹介したあの時と変わらぬ口を弾ませる。ニカリと子供のように歯を見せた。
「よし。特別に教えてあげよう」
「……うんっ!」
彼はピシリと一本、人差し指を意味もなく立てて、よく分からないままのイドキは、よく分からないなりにそれをジィと見てフンスと張り切る。
はじめと違い、彼女の素直なその態度が微笑ましい。
「今、俺の診ている患者は若い頃からの馴染みでな。ソイツが今度結婚するっていうんだ」
「ふーん、どんな人?」
次いで何となく思い付きで人差し指を立てる。
どうせならばと、中指も立ててチョキの形にして、パカパカと開けたり閉めたりを繰り返す。
イドキはそれを頑張って首で追っていた。
「ああ、ポヤポヤした優男さ。
直ぐ泣き言言うし、簡単に騙されるし、なんでも聞きたがるし、一人にしたらすぐ死ぬようなタイプだ。ただ……」
「ただ?」
二本の指をイドキの額へコツンと当てる。
指を真っすぐにして根元をクリクリと動かすと、彼女の首も抵抗なく動いた。
「自分の芯だけは曲げない。そんな不思議なヤツだった」
「……そうなんだ。でも、それってなんの得があるんだろう」
「そうだなー、実はなんの得もねぇ。損ばっかだ。
だからこそ、そういう自分には出来ない生き方に惹かれてついつい守りたいと思っちまうんだろうねぇ。
アイツの嫁さんもそうでさ、元々ツンツンした傭兵だった癖に、何時の間にかアイツと一緒に料理屋なんてはじめたりしちまってる」
「へえー」
イドキはポカンと口を開けて、嬉しそうなゲイルに不思議な熱を感じていた。きっと、ゲイル自身も『患者』を放っておけない一人なのだと感じる。
だから喜んでいるのではないか、そう思う。
そして、まるでテレパシーでも持っているかのように、また彼はニヤリと気持ちを汲み取った。
「ああ、当たり。俺も結局は放っておけないのよ」
「まだ何も言ってないけど、魔法で気持ち読んだ?」
「うんにゃ、イドっちゃんの顔色が読み易いだけ。
そういえば、アイツの嫁さんもイドっちゃんとは性格が正反対だけど、読み易い性格でな。ああ、口下手なところも似ているか。
くっつく前はいっつもアイツにアプローチするタイミングを伺っていたよ。
バレバレだったのに。
される側だけは、ポヤポヤしてて気づいてなかったけど」
「……そうなんだ。それって、今回の薬の話に関係あったりする?」
ゲイルはゆっくり頷く。
また歯を見せて笑う。イドキはどこか期待した顔で彼を見上げて、つい語る側も楽しくなる。
「ああ、大有りさ」
両手のジェスチャーで、弁当箱を持つ動作をした。
「口下手なヤツが話しかける切っ掛けはメシの話題なんかが多いモンだが、例に漏れず嫁さんもメシの話題で圧していこうとしてな。
慣れない弁当なんて作って、周りの席が空いているにも関わらず『隣、いいか』なんてお約束言っちゃって。
で、隣に座ったものの、チラチラ見るばっかで話を切り出せねーの。もう木の陰から見ていた俺は頭を抱えたね」
「木の陰から見てるのもどうかと思うけどね」
「うっせーババァ」
横から声をかけてきたリリーナへ応対し、また話を戻す。
人差し指を下へ降ろして地面を差しながら。
「……そしたらよ?アイツが何時ものポヤポヤした様子で、嫁さんの作った弁当に対して聞いて来たんだ。『あ、それ君が作ったの?』ってよ」
「へえ。男側も興味あったんだ」
「ああ。と、いっても嫁さんの方じゃなくて、弁当の方にだけどな。
アイツってプライドが料理の方に向いているせいか、作るのも食べるのも好きでなぁ、昔は腹が減ったらアイツんちで作ってもらってたもんだ。
まあ、それは置いといて。
そういう訳で独特なオカズに興味を持ったわけだから不慣れなのが功を制したとも言えるね」
「はあ……」
下を向いていた視線は思い出すように上を向いていて、しかし直ぐに虚空に何かを置く動作で切り出した。
「後はトントン拍子でオカズの交換をする仲になって、改良案を交換するようになって、付き合ってて、二人で飯屋をはじめてめでたしめでたし」
「……。
終わっちゃった!?」
広げた掌を口に当てて目を開くイドキを見て、カラカラ笑う。
しかし、その笑いは苦々しい皮肉の感情が多く混ざった、硬い動きのものだった。
「ああ。まったくだ。
ソレで終わってれば、俺がこんな迷いの森まで来る事はなかったんだけどな。
ただ嫁さんがな、『結婚式は出会った時みたく私の作った料理を食べてくれないか』と男らしい事をアイツに言ったんだ……そしたら」
「そしたら?」
「突然、味覚を感じなくなる病気に侵された」
読んで頂き、ありがとうございました。




