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12話 堅焼きクッキー

 ゲイルには、たどたどしい説明をするイドキの、難しい事はよく分からなかった。

 しかしこの巨体が動くだけでとんでもない事だと思うし、利益も星の数だけ思いつく。

 それでも尚、彼の胸の奥底では、そんな事はどうでも良い事だと感じていた。

 寧ろ、目の前の虫も殺せないような箱入り娘がコレを兵器として以外の何に使うのか、とても興味が湧いていたのであった。


「そうだな。兵器じゃないんだもんな。ごめんな」


 先ずゲイルは微笑みを浮かべながら謝って、無防備なイドキの頭を撫でながら顔をジィと見つめた。

 見つめられた彼女は言葉を詰まらせた。

 そしておっかなびっくりと、下からその黒い瞳を眺めるのである。


「……ん、うん」

「おや、謝っているのは俺なんだ。もっと自信持って良いんだぞ」

「ええと、ハイ、そうだね……ええと、なんかスミマセン……」

「……」

「……」


 沈黙。

 長い時間を見つめ合って気がする。

 下を向きながら自信なさげな声色で肯定するイドキの顔は、相変わらず何を考えているか分からない表情。そしてどうして自分達は誰が頼んだ訳でもないのにお見合いをしているのか。

 ゲイルはそんな様子に耐えらなかった。


「……ブハ、あーっはっはっは!」

「へ?」


 故にゲイルは大きく吹き出してしまったのだ。

 イドキの立場としては自分の顔の、もしくは話の何が面白いかも分からない。なにをすれば良いのかまるで分からない。

 彼女は正に当惑していた。


「え、えと……どうしたの?」

「ああ、気にする必要はねえよ。ただ、他人の顔をジーって見るのって笑いが出るもんだ」

「そんなもん?」

「そんなもん。

なんならイドっちゃんも笑ってみるかな?笑う事は楽しいぞ」

「ごめんムリ。私って笑わないタイプだし」

「まあまあ、こうすれば良いさ」


 破顔しながら両手を差し伸べる。

 行先はイドキの、精巧な人形のように整った顔の頬で、プニプニとしたマシュマロのような触感と共に優しく摘まんだ。

 口の形がUの字になり、ゲイルは目を弓にして、微笑みに戻す。


「おー、笑わすとかわいいもんだ」

「ひょ……ひょうなの……?ていうかコレ、笑ってるに入らなくない?」

「うんうん、先ずは形からだから良いんだ。

……さて。ところで笑いすぎてお腹が空いたね。折角、豪華な部屋な部屋にお呼ばれされているんだ。お菓子でも食べようか」


 彼はトレンチコートの内ポケットへ手を差し込む。

 そこから取り出されるのは、二枚のクッキーだった。その形は扁平ではなく、亀甲のように盛り上がっていて、スペースを取らずに量を盛りたい意図が見て取れた。

 彼は二枚が同時に見えるよう親指でズラし差し出す。


 イドキは好奇心に背中を押され、少し身を乗り出す。

 その眼光は打って変わり、宝石を見たかのようにキラキラと未知の物への関心でいっぱいだ。


「まあ、好きな方を選びな」

「えーっと、じゃあ、こっちで」


 突如出されたものに戸惑うものの、好奇心には勝てず、一枚をババ抜きのように抜いてシゲシゲと物珍しく眺める。

 様子を伺うようにゲイルへ視線を移した。

 待っていましたと言わんばかりに、彼はニヤニヤした意地の悪い笑顔を見せると、己の手元に残った方を一気に噛んだ。


『ベキッ』


 かなり硬い音が、机の向かい側からも聞こえてイドキは目を見開く。

 ボリボリと砕かれるその音は骨が折れる音に酷似。


「ひぇ」

「堅焼きクッキーさ。ま、クッキーって呼ぶには保存用に塩が効き過ぎてヒデェ味だけどな。あっはっは」


 不安そうに手元のクッキーを眺めるイドキを見送って、笑いながらゲイルは再びトレンチコートに手を突っ込んだ。

 ズボリと出てくるのは握り拳程度の大きさをした、青リンゴのような果物。

 それを両手で摘まむと、強力なピンチ力(指で摘まむ力)で、まるで卵を割るかのようにリンゴを割ってみせた。

 イドキにはやや厚めの皮と、白いジューシーな断面が見える。


「まあ、そのクッキーを喰うのは、お嬢様とは言わずはじめてだと貧民育ちでも実は中々大変だったりするから、工夫してたりもするけどな。

これは、この森で採れる野生のリンゴの一種でな。

果汁に火を通したものなら大抵のものは柔らかくする効果があるんだ。何かの役に立つかなって取っておいたんだが、役に立ったな」

「何かの役って」

「ああ。結構高く売れる。それと、マジで困ったときは木の幹を炙って喰ったりする。

ほら、かけてやるからクッキー出しな」

「ふーん」


 差し出したクッキーに対してレモン汁のように果汁を絞り落とされる。

 乾いたクッキーに染み渡るのが渡った。視線で合図を送ると、イドキは小動物のように齧りつく。

 サクリと心地よい歯ごたえに、リンゴと穀物の甘味が合わさって、幸せな気分になれる。

 そこへ向かいから声をかけられた。

 

「……少しも疑わんなぁ、俺を。少しは素性とか気にならないの?」

「ん、食べ終わったら聞くよ?それが?」

「食べ終わったらってキミねぇ……いや、なんでもねぇよ」


 呆れた顔でゲイルは自分のクッキーにも果汁を垂らして齧る。


「うんっ、美味い」

読んで頂き、ありがとう御座いました

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