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13話 ゲイルの素性

「お医者さん?」


 クッキーを全て胃の中に収めた後の事である。

 イドキはキョトンと目を見開いていた。


「ああ。流離(さすらい)の医者、ゲイルさんとは俺の事よ」

「その異名は分からないけど、お医者さんっていうのが意外」


 ゲイルはその回答に対し未だクッキーを齧りながら苦笑い。よく言われる事のようだ。

 現に先程からイドキの脳内へ浮かんでいたのは、戦争で轡を共にする事が多かった『俺より強いやつに会いにいく』と言って整備の楽なロボットに乗って一人旅する傭兵達である。

 てっきりこの男も似たようなタイプの人間で、レンジャー部隊の訓練のような修行でもしている最中なのかなと思っていたが、医者を強調しているので違うとみてもいいだろう。


「それで、お医者さんが態々こんな森の奥まで何をしに?患者さんでも居るの?」

「いやいや、無い無い」


 否定しつつ正解は言わない。

 つまりはもっと考えてみろとの事だろう。絡まった毛玉のようにガムシャラな考えを、彼の額の辺りにポンとぶつけた。


「じゃあ、医療ミスで殺してしまった患者の死体を埋めに来たとか」

「イドっちゃんってば恐ろしい事考えるねえ。

答えを教えて欲しいかな?」

「いや、別に」

「よし。特別に教えてあげよう、折角ここまで引き延ばしたんだしな」


 ゲイルはクッキーを咥えながら、腹話術のように器用に話し、軽いノリで否定してみせた。

 その後、イドキの意見を無視しつつ、二マリとした表情で視線を自身らが入ってきた無骨な扉へ向ける。


 視線の向こうのあの辺りには、キイチゴドラゴンの死体が置かれていた筈だ。


「あの大トカゲが薬の材料になるって言うから狩りに来たのさ」

「思ったよりシンプルな理由なんだ」

「まあ年上の話は聞きなって。これからなんだから」

「……」


 ゲイルの目の前に、無言でチョコンと二つの小さな手の平が突き出された。

お菓子でも寄越せという事らしい。

 仕方ないなと、懐から非常食のクッキーをもう一枚取り出して、そこに乗せた。

 その流れで、机の上に置いておいたリンゴの余った皮を摘まみ取り、雑巾のように皮を絞って、カラカラの状態から思い切り果汁を垂らす。

 するとイドキは機嫌良さげに口に含んだ。

 とても味が良いとは言えないそれを美味しそうに食べるこの娘は今まで何を食べてきたのだろうと気になるところなので聞いてみる。


美味(おい)しいかい」

「食べたいとは思うよ」

「コレでその反応って……。今まで何を喰ってきたんだい」

「味覚は備わっているんだけど、実は『美味しい』って感覚がよく分からない。

でも、お話を聞きながら口にモノを含むと、なんか食べやすく感じるんだ」

「ふーん。なんか言われると比較対象が気になるな。簡単なもので良いから、なんか食べさせてよ」

「良いよ。だから続きはよ」


 興味なさげな口調だったが、どうやら気にはなっているらしく、長く聞きたいからお菓子を求めたという意味らしい。

 少し早口で煽るので、ゲイルは彼女の肩を上から押さえて落ち着かせて、続きを話す。


「結構食いつくね……。

調薬出来る薬師がまた変わり者でなぁ。こんな樹海に居を構えている時点で変わり者って言えばそれまでだけど。

はじめは薬だけ欲しいって事で住居に行ったんだ」

「どんな家だったの」


 上半身を前のめりにしてクッキーを口に含む。

 この世界の住居というものを見た事がないから気になるのだ。


「変わり者だけど家は普通のログハウスだったな」

「普通のって?」

「そりゃ丸太が積み立てられて出来ていて、薬草の家庭菜園があって、扉の脇にはヒカリキノコを中に入れたカンテラが……って、そんなそんな難しい事かなぁ」


 今までコンテナハウスくらいしか見たことのないイドキは眉間にシワを寄せて考えるが、答えは出ない。そもそも丸太を積み立てられるとはどのような形なのか。

 必ずしも四角形とは限らない。もしかしたら丸太を火で炙ってドーム状に整形しているのかも知れない。

 高速思考を無駄遣いしながら様々な案を考えては、モクモクとクッキーを噛む。

難しい事らしい。


 ため息ひとつゲイルが口を出した。


「分かった、じゃあ連れて行ってやるから、それで良いかい」

「ほんと!?」


 背筋を伸ばして、顔を真っ直ぐ向ける。

 額と鼻と唇がくっ付いてしまうのではないかという程に、急接近した。

 ゲイルは、彼女の頬をガシリと抑えて元の位置へ戻す。


「近い近い。ホントだから心配すんな。ていうか、行く予定だったからついでだ」

「また行くんだ?」

「ああ。実は薬はある、金はいらない。ただ材料を狩って来いって話を出されたんだ」

「へえ、変わってるね。何に使うんだろう」

「だろ?多分、既存の薬の水増しに使うんじゃねーかなぁ」

「ふーん」


 そこにドラム缶のようなロボットが、一本のガラス瓶を持ってきた。中身は黄色い液体である。

 ロボットは蛇腹構造の腕で、ブリキのカップにそれを注ぐとゲイルへ渡す。


「コレは?」

「今、レガティオンに登録されている内で簡単に作れる食糧。材料はそこら辺の葉っぱ」

「『今、作った』?

まあ、イドっちゃんが言うならそうなんだろうけど……酒じゃねーかな、コレ」


 何故かイドキは得意げな顔になる。


「うん。発酵速度を速めるだけだし」

「普段飲んでるの?」

「いや、それは私の身体では負荷が大きいから飲まない」

「それじゃ比較対象にならないんじゃないかな」

「だって簡単なモノって言ってたし……ダメ?」


 ウルウルとした目で見られてゲイルは、クイと一気に飲み干した。

 色々と許容するように。


「まあ良いよ、細かく言っておかない俺が悪かった」

「あっ、うん。因みに味はどうかな」

「まあまあ美味しい」


 視線の先は虚空の彼方へ向いていた。

読んで頂き、ありがとう御座いました

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