Magic & Dimension 7
●
既に夕刻。異世界的な空模様と相まって、辺りは真っ暗だった。民家や商店の灯りも無い。光っているのは信号と、街路灯だけ。それも無い場所は、ただ車のヘッドライトに不気味な無人の街並み浮かび上がるだけ。
「この道の右側に湯布院の町が広がってるんだ。確か、この辺なんだけど」ハンドルを握る豆さんの説明。
「全然見えないよ」ハイテンションで反応するはるゆり。「あっ! 今、ちょっと見えた」
「ん、この辺かな」うろ覚えな様子の豆さん。
「ビックリ。道、全然普通なのに。奥になんかあった」
言っているうちに、車は由布岳の麓を登り始めた。申し訳なさそうに豆さんは言った。
「ごめん。通り過ぎた」豆さんはランクルをUターンさせて来た道を引き返した。今更だけど、豆さんの車にはカーナビが付いて無い。
「そうそう。思い出した。このうどん屋だ。ここを左折したら湯布院のメインストリートだ」
小道入ると。一気に別世界広がっていた。豆さんがハイビームにしてくれた。そこにあるのは洒落た建造物の数々。昭和風だったり、南欧風だったり、和風だったり。ただし軒並み真っ暗。営業している店はない。そして。道が狭い。
「ファンタジー!」喜んでいるのははるゆりくらい。確かに建物はテーマパークみたいだが。
「道狭いですね」俺が感想を言うと豆さんは、
「脇道はもっと狭い。ゴールデンウィークに車で来るのは自殺行為。俺は二度と来ないよ」肩をすくめて見せた。
「そもそも湯布院って元々何も無かった場所だから。金鱗湖と下ん湯くらいかなぁ。言っちゃ悪いけど金鱗湖なんてどぶ池だし。ここにある建物は後付けのイメージに沿った……、なんて言うかな。寄せ集めの観光テーマパークみたいなモノだ。この辺りにも旅館あるけどめちゃ高い。まあ、いくら高くても自治体が肩代わりしてくれるんだけど、この雰囲気じゃ営業してないだろうな。駅の方へ行こう。普通のホテルがある」
豆さんは右へハンドルを切って更に狭い道へ入った。その両脇も楽しげな建造物並んでいて、一々はるゆりが反応した。
「猫屋敷だってぇ、行ってみたい行ってみたい。ええ! 猫屋敷の隣は犬屋敷ぃ?」
流石に。なんでもアリかよ、と俺は思った。
「猫ちゃん達は避難してるんでしょうか」ユウキちゃんが心配そうに言った。はるゆりと違って優しい子だ。
狭い道の突き当たりが駅前通りだった。そこは流石に二車線だった。豆さんが朧な記憶を頼りにランクルを走らせて。行く手に煌々と灯りのついたホテルが幾つか見えた。
●
入ってすぐのロビーにはちらほら人がいた。ソファに座ってスマホ弄っている。多分、皆、マジック&ディメンションのプレイヤー。できれば情報交換したい、俺は思った。
フロントの手前に立看板あり、手書きの張り紙がしてあった。
『少ない人数で対応していますので、平常時のサービスは出来かねます。食事は全てバイキング形式です。お部屋でのお食事は出来ません。ベッドメイクも出来かねます。シーツの交換はフロントまで申し出てください。クリーニングしたシーツをお渡しします。お風呂はご自由にお使いください。当ホテルのランドリールームを解放していますので、タオル等含め宿泊者様のお洗濯はご自身でお願いします。近くにコインランドリーもございます』
当然そうだよな、と俺は思った。
「民宿形式だな。民宿というより湯治宿に近いか。自炊じゃないだけ助かるな」豆さんが笑って言った。
「温泉入り放題だし、良いじゃん」はるゆりが言ったが、
「そこは普通だろ」俺は言っておいた。
フロントの人は丁寧な対応だった。ゲーム画面の提示を求められた。
「300Lv以上の方のみご利用になれます」との説明だった。
俺たちがそれぞれ自分のキャラクター画面を開いて見せると、部屋の鍵を二つくれた。
「ご希望でしたらシングルを四部屋ご用意することもできますが、今後の混雑具合が予測できませんので、出来ましたら、男性一部屋、女性一部屋でお願いします」フロントマンは申し訳なさそうに言った。
「構いませんよ」
豆さんが受け取り、一つをはるゆりに渡した。
「俺とよるおす、はるゆりとユウキちゃんで別れよう」
「当然ね」はるゆりは頷いて受け取り、しかし不穏なセリフを言った。「私は豆さんと一緒でも構わないけど」
「さりげなく細かくガツガツ行くな」どうしてここまで肉食系なんだ? こいつは女の形したティラノサウルスだと理解した。
そもそも。コイツまだ分かっていない。「お前、豆さんの歳知らないだろ。豆さん、どうぞ」そろそろ発表しちゃってください、と振った。
豆さんは困った顔して頭をかいた。
「えっと……、五十一です」
「ごっ……」と発して絶句しているはるゆりを残して、俺たちはエレベーターへ向かった。