99
石畳の道を歩きながら、あそこにも広告を貼ってもらえれば人目につくのではないかと思い、やってきたのは邸宅売却の件でお世話になっているグレイ不動産だった。
不動産屋の掲示板には、いつも取り扱っている物件の間取り情報が貼りだされている。興味を持って立ち止まって見る人もいるだろうし、ここに広告を貼って貰えれば、ついでに新店舗の広告も診てもらえるんじゃないかと思ったのだ。
「こんにちは。グレイさん」
「セレニテス様?」
不動産屋のドアを開けるとメガネをかけた灰色髪の男性グレイさんが、机に向かい書類を見ながら白磁器の皿に並べられたスライスチーズに手を伸ばしていた。
「あ、すいません……。お食事中でしたか?」
「いえ、大丈夫です。何かご用でしょうか?」
「実は今日、お伺いしたのは……。ウチの広告を店頭に貼って頂けないかと思って」
「広告?」
「ええ、これなんですが……」
持参した広告を手渡せばグレイさんは、メガネの奥で理知的な瞳に驚きの色を浮かべた。
「なるほど。新店舗オープン日のお知らせと商品説明ですか」
「そうなんです。新店舗をオープンするといっても、ちゃんと告知しておかないとお客さんに来てもらえないと思って……」
「そうですね。セレニテス様にはお世話になってますからね……。空いてる場所なら広告を貼って頂いても大丈夫ですよ」
「ありがとうございます! グレイさん。お礼と言っては何ですが、このクッキーよかったら召し上がって下さい!」
こころよい返事をくれたグレイさんに、肉屋のエマさんにあげたのと同じ、花やアヒルの形をしたアイシングクッキーを手渡した。
その後、ロシアンノズル口金をオーダーメイドで作ってくれた金物屋さんも広告を貼るのを了承してくれたり、複数の店舗で広告の貼り出しに了承をもらえた一方で、いくつかの店で断られることもあった。しかし、がんばって歩き回ったおかげで持参した広告が、残りあと1枚という所まできた。
「あと、1枚か……。どこかのお店で貼ってもらえないかなぁ」
キョロキョロと、下町の通りを見渡していると『プロヴァト仕立屋』と書かれた看板が視界に入った。古びた看板にさびれた、たたずまいの店。いかにも繁盛してなさそうな雰囲気の仕立屋である。しかし、これも何かの縁だと思い私は『プロヴァト仕立屋』のドアを開いた。
「すいません。ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい?」
店内では古びたイスに腰かけた、フワフワした髪の少女が、白い布に花柄の刺繍をほどこしている所だった。