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「今日はお休みの所、おじゃまして申し訳ありませんでした。そのドアにカギがかかっていないのに眠ってらっしゃる様子でしたから、防犯面の心配もあって声をおかけしたんですが……」
「フン。いらん心配だ。俺の許可無く、店内の魔道具を持ち出そうとした奴には防犯装置が働くからな」
「防犯装置……?」
「窃盗犯を死なない程度に痛めつける装置だ」
「死なない程度に……」
魔道具店の店主が作った装置なのだから、魔道具なのだろうが一体、どんな装置なのか全く分からず困惑していると、コルニクスさんはイスから起き上がりカウンターごしに身を乗り出して、私の鼻先でニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「おまえ、味わってみるか?」
「け、結構ですっ!」
不穏な雰囲気の店主を拒否した私は、逃げるようにコルニクス魔道具店を後にした。薄暗い店内にいたため外に出た瞬間、外の光がとてもまぶしく感じる。私は太陽の光に目を細めながら、グレイさんが言いにくそうに「気むずかしい人だからリフォーム工事前に挨拶した方が良い」と言っていた理由を痛感し、大きく息をはいた。
すっかり気力を使い果たしてフラフラと石畳の道を歩いていると白ヒゲの老人、ラッセル老とばったり出会った。ラッセルさんは私を見かけるなり、喜色満面といった様子で気さくに話しかけてきた。
「おお、セリナお嬢ちゃんじゃないか!」
「あ、ラッセルさん……」
「なんじゃ、疲れた顔をしとるのう。何かあったのか?」
心配してくれるラッセルさんに、私は乾いた微笑を浮かべながら、ありのままを告げることにした。
「実は店舗裏の……。魔道具店、コルニクスさんの所へごあいさつに行ったんですが……」
「おお、あのボウヤに会ったのか!」
「ボウヤ?」
コルニクスさんは、どう見ても成人男性の年齢だった。私が困惑しているとラッセルさんは、立派な白ヒゲをなでながら「ほっほっほ」と笑った。
「魔道具店のボウヤが生まれた時から、ワシは知っとるからのう」
「あ、なるほど……」
「あの子は、口は悪いが良い子なんじゃ。セリナお嬢ちゃん、魔道具店のボウヤと仲良くしてやっておくれ」
「ははは……。仲良く出来たらいいんですけど」
ラッセル老に力無く笑いながら、私は思った。絶対無理だと……。
そして、噴水広場沿いで人通りが多い、あの空き店舗の値段が安かったのは、魔道具店のコルニクスさんというクセのある、お向かいさんがいたからなんじゃあ……。と思わずにはいられなかった。