86
「というわけでリフォーム業者さんが決まったので早速、工事に着手してもらおうと思っています」
「ふむふむ。分かったぞい。ワシは午前中なら自宅におるから、工事の前に声をかけてくれれば、いつでも店舗のカギを開けるからの。遠慮せず訪ねて来ておくれ」
「はい。よろしくお願いします」
こうして店舗のオーナー、ラッセルさんにリフォーム工事について伝えた後、私は空き店舗のご近所さんにごあいさつに回った。
「工事の騒音で当面、うるさくなってご迷惑をおかけすると思いますが……」そう謝罪すると皆さん、笑顔で了承してくれた。気のよさそうなご近所さんばかりで、私はホッと胸をなで下ろした。
ひと通り、空き店舗のご近所に声をかけた後、挨拶まわりは最後の一件を残すのみとなった。私が入居予定の店舗裏、道をはさんだ向かい側にある建物。
一見、見ると普通の家であるように見えるが、玄関前をよく見ると『コルニクス魔道具店』と殴り書きされた看板らしき、板きれが玄関扉の横に立てかけられていた。
「これは、看板よね……。今まで見てきた中で最も、やる気の無い看板に見えるけど……」
グレイさんの話によれば、気むずかしいが「腕は確かな職人」さんらしいので、そう言われれば、このやる気の無さそうな看板も納得だ。……というか商売をやっているのに、こんな看板で大丈夫なのか? とこちらが不安になる。
まぁ、逆に言えばこんな看板でも、お客がついていて経営が成り立っている上「腕が良い職人」と言われているのだから、本当に職人としては優秀なのだろう。私は意を決して木製のドアをノックした。
「こんにちは~」
きしむドアを開けて中に入れば、薄暗い店内のタナには銀色に輝くゼンマイ仕掛けの装置に赤や青、黄色の魔石らしき石を埋め込んだ謎の箱。
美しい金細工の意匠がほどこされたペンダントや指輪、ブレスレットなどの装飾品、小さなガラスの小ビンにつめられた、紫色や緑色の怪しげな液体、謎の小袋などが所狭しと置かれていた。
「すごい……」
外からは想像もつかなかった品揃えの多さに驚くが、店内に人がいない。と思ったら、奥のカウンターテーブルに男性の足らしき物が乗っかっているのが見えて一瞬、ギョッとした。
ビクビクしながら近づいて見れば店主らしき黒衣の男性が、黒褐色の木製カウンターテーブルに足を投げ出す形でイスに座りながら、顔には開いた本を乗っけた状態で爆睡していた。
「死んではいないわね……。呼吸してるようだし」