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「ええ、噴水広場に面した場所にある物件です」
「もしや、ラッセル老がオーナーの物件ですか?」
「そうです! ラッセルさんをご存じなんですか!?」
グレイさんの口から、白ヒゲの老人の名前が出るとは思っていなかった私は驚いてたずねれば、グレイさんの方は落ち着いた様子でうなずいた。
「ああ、やはりそうですか。もちろんラッセル老のことは存じています。この街で長く商売をされてますし、空き店舗を売り出すと話は聞いていたんです」
「そうなんですか」
「はい。しばらく、店舗に貼り紙をして、空き店舗の買い取りをしたい人が現れなかったらウチで引き受けるという話もあったんですが」
「あ、なんかすいません……」
知らない間に私はグレイ不動産の仕事を減らしていたということに気付き、何だか気まずくなって謝罪の言葉を口にしたが、グレイさんは首を横に振った。
「いえ。こういうのは、よくあることですから、お気になさらず。しかし、そうですかラッセル老の物件はセレニテス様が……」
グレイさんが視線を床に落として、何か考え込んでいるそぶりを見せたので私は小首をかしげた。
「何か、気になることでも?」
「気になること、と言いますか……。セレニテス様は空き店舗のご近所に、あいさつに行かれましたか?」
「いいえ。それはまだです。さっき、買い取り前提で賃貸契約をするって話をしたばっかりですし……」
「そうですか。一応、リフォーム前にご近所へあいさつにうかがった方が良いでしょうね」
「あ、そうですね……。リフォーム工事期間はご近所さんに騒音とかでご迷惑がかかりますもんね」
「ええ。それもあるんですが」
言葉をにごすグレイさんに、私はさらに首をかしげる。
「ほかにも何か?」
「空き店舗の裏側にある店には顔を出しましたか?」
「いいえ。何のお店なんですか?」
私が聞けば、グレイさんはメガネをクイっと上げた。
「魔道具屋です」
「魔道具?」
「何かと便利な物を作っているんですよ。ここにあるランプも、その魔道具屋で作られたものです」
グレイさんはそう言いながらテーブルの上に置いてあるランプに触れると、ランプに灯りがともり、周囲を明るく照らす。
「これ魔法とは違うんですか?」
「ええ、なんでも魔石を利用してるとか。魔力が無いような方でも使える優れ物ですよ」
「そんな道具が……」
「とにかく腕の良い職人です。ほかにも薬草や薬品の調合まで出来るとか」
「へぇ。すごいんですね」