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「こっちの階段から上に上がれるぞ。二階は物置に使っていたんじゃ」
「二階も見て良いですか?」
「もちろんじゃよ」
厨房を出ると狭い廊下の奥に階段があり、そこから二階に上がれば広いスペースがあった。そして天井にハシゴがかかっている。
「あのハシゴは?」
「あれは屋根裏部屋じゃよ」
「屋根裏部屋……」
「さすがに屋根裏部屋は、ほとんど利用しておらんかったが」
屋根裏部屋も見学したいと思ったが、さすがにスカートでハシゴを上るのは止めておいた。
「なるほど……。良い物件ですね」
「おお、そうか! では!?」
「こちらをお借りするとしたら賃貸料は、おいくらになるんでしょうか?」
「……お嬢ちゃんはやっぱり、賃貸が希望か?」
「ええ。賃貸じゃないんですか?」
「できれば、買い取ってほしいんじゃ」
「店舗を買い取りですか?」
人通りが多い場所の店舗を買い取りとなれば、金額が一気に跳ね上がる。賃貸のつもりで見学していたので突然の申し出に戸惑う。そんな私の表情を見てラッセル老は白いまゆを下げて、やや肩を落とした。
「ワシも、この通りの年齢じゃろう? 子供達への遺産を公平に、生前贈与したいと考えておるんじゃ」
「はぁ……」
「賃貸物件を残して後々、もめるより売却してキッチリ財産分与したいんじゃよ」
「そうなんですか……。でも買い取りとなると、お高いんでしょう?」
「もし、一括で買い取りしてくれるなら相場より、ぐっと安くしておくぞい?」
「お値段はいかほどでしょう?」
私が尋ねれば、ラッセル老は満面の笑みを見せた。
双子が待つ邸宅に帰り、居室のソファに腰かけながら用意されたティーカップの取っ手をつまみ、お茶を飲みながら考える。
あれから、何件か不動産屋を回ったが、店舗物件としては噴水広場前の空き店舗が最も条件が良く、オーナーであるラッセル老が「一括で買い取ってくれるなら、相場より安くしておく」という言葉は事実で、確かに老人が提示した金額は相場より安かった。
「長期的な視点で見れば、月々の賃貸料を払うより店舗を買い取った方が、お得なのは間違いないのよね……」
「その店舗を買い取るわけには行かないんですか?」
「せめて、もう少し資金に余裕があれば、店舗を買い取る余裕があるんだけど……」
お茶を出してくれたルルの質問に答えながら私は肩を落とす。この屋敷が思ったより高値で売れそうに無いことや、あの店舗で商売を始めた後、運営資金に余裕を持たせたいこと。万が一、商売が軌道に乗らず頓挫した時のことを考えれば、一括で店舗買い取りに踏み切る勇気は持てなかった。