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街に出た私は石畳の道を歩き、人々の喧噪の間を通って昨日、出会った空き店舗の持ち主である老人を訪ねる。改めて空き店舗に貼られている貼り紙をみるとオーナーの名前は『ラッセル』という名前なのが分かった。
老人の自宅を特定するのに時間がかかることを覚悟しながら、通りすがった妙齢の女性に声をかけて道をたずねた。
「噴水広場に面した場所にある、ラッセルという空き店舗オーナーの自宅を探しているんですが」
「ああ、ラッセルじいさんね! それなら、そこの家だよ!」
どうやら、この近辺では顔の知れた老人だったらしく、あっさりと目的の場所にたどり着けた。こぢんまりとした玄関のドアをノックすると中から、見覚えのある白ヒゲの老人が現れた。
「おや、誰かと思ったら、昨日のお嬢ちゃんじゃないか!」
「こんにちは。突然、訪ねてしまってすいません。私、セリナと申します」
「いや、いいんじゃよ。わざわざウチに訪ねてきたということは気持ちが決まったのか!?」
「えっと……。何というか、検討したいと思いまして」
「ほうほう」
「昨日の空き店舗の内部を見学させて頂くことは可能ですか?」
「もちろんじゃよ! さ、ついておいで」
ラッセル老の先導で私は噴水広場に面した空き店舗に向かった。老人は取り出したカギで手早く店舗のドアを開けると私を中に入れてくれた。
「ごらんの通り、店頭の販売スペースは狭いが奥の厨房は広さがあるぞい」
「あ、本当ですね」
厨房のドアを開けて中に入ると立派な窯、おまけに銅製の鍋やボール、フライパンなどの調理器具までそろっている。
「どうじゃ? 今すぐにでも商売がはじめられるぞ?」
「本当ですね。こんなに調理器具がそろってるなんて……」
さすがにケーキ用の型などは無かったが、これだけ料理用の器具がそろっているなら、新たに買い足す物は最小限ですみそうだ。いわゆる居抜き物件というやつである。
ここで商売をやっていた老人は腰が痛くて商売をやめたと言っていたし、店の前は人通りが多い噴水広場である。経営不振でオーナーが撤退したというわけではないなら、決して悪い物件ではないだろう。
「まぁ、調理用器具はワシが使っておった中古品じゃが、まだまだ使える物ばかりじゃよ」
「じゅうぶんだと思います」
「おお、そうか!」
立派な白ヒゲをなでながら相好を崩したラッセル老の横で、私は気になっていることを尋ねる。
「あの、この建物は二階建てのようですが?」