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そんな話をした数日後、いつものように夕食を食べて、いつものようにベッドに入る。翌朝なぜか、普段より早く目が覚めてしまった。うす暗い中、カーテンを開くと日が昇ったばかりの蒼天には魚のウロコのような絹積雲が広がっている。
午後の天気は崩れるかもしれないと思いながら、空っぽの胃が空腹をうったえた為、私は朝食を取るべく、ダイニングへ向かう。ダイニングルームでは木製テーブルに磨かれたカテラリーを置き、早朝から食事の用意をしている双子メイドの姿があった。
「おはよう。ルル、ララ」
「あ、セリナお嬢様、おはようございます!」
「おはようございます! 今日はお早いですね。セリナお嬢様」
朝から笑顔で挨拶してくれる双子に、私も笑顔で返す。
「うん。今日は、なんだか目が覚めちゃったわ。おばあ様はまだ眠ってるの?」
「いつもなら、そろそろ、お目覚めの時間なんですが……」
「そう言えば、まだ起きてらっしゃらないようですね……」
「そろそろ朝食の時間ですし、奥様にお声をかけましょうか?」
朝のお茶を入れた青磁器のティーカップを差し出しながらルルに尋ねられたので、私は頷く。
「うん。おばあ様を起こしてあげて」
「分かりました!」
そう言って双子は祖母を起こしに寝室へ向かった。私は白い湯気を立てる熱いお茶に息を吹きかけ、軽く冷ましてから口元でティーカップをかたむけた。
熱いお茶で乾いていたノドがうるおい、空っぽの胃に温かな液体が届くことでホッと人心地ついた時、廊下からバタバタと慌ただしい足音が近づいてくるのを感じ、ダイニングの入り口に視線を向ければ、取り乱した様子の双子が私に駆け寄ってきた。
「セリナお嬢様! 大変ですっ!」
「え、どうしたの?」
「奥様を起こしに行ったら、返事が無かったので寝室に入ったんですが……」
「ベッドで眠る奥様が……。い、息をしていないみたいなんですっ!」
涙目でうろたえる双子を目の当たりにして、私は手に持っていた青磁器のティーカップを、ほとんど無意識でソーサーに置く。カップの中に残っていたお茶が若干こぼれたが、それどころでは無い。
「二人とも、急いでお医者様を呼んでちょうだい!」
「はいっ!」
双子が、かかりつけの医師を呼んでくる間、私は急いで祖母のいる寝室に向かった。そして自分の両手に魔力を集め、呼吸の止まった祖母に回復魔法をかけた。
「おばあ様、死なないで!」
懸命に魔力を送り、何とか祖母に息を吹き返して欲しいと願うが血の気が失せた祖母の肌は青白いままだ。
「私を一人にしないで! おばあ様!」
まぶたを閉じてベッドに横たわる祖母に向かって、必死に語りかけながら私は懸命に回復魔法をかけ続けた。
そして、早馬を飛ばしてやってきた医師がベッドに横たわっている祖母の腕を取り、脈をみる。次に閉じられている祖母のまぶたを開けて、瞳孔の状態を確認すると、医師は私の方を向いて沈痛な面持ちで首を横に振った。
祖母は心臓も脈も完全に止まっている状態で、医師にはすでに手の施しようがない状態なのだという。そして「昨晩、亡くなられたのでしょう」と告げられた。
医師によれば、眠った時にそのまま老衰で亡くなっており、苦しみも感じなかっただろうと言われた。祖母の死に顔を見れば、確かに穏やかで苦しんだ様子は一切見えなかった。
「おばあ様……」
「奥様っ……!」
「ううっ!」
私は黒い喪服に袖を通し、涙にくれる双子と共に祖母の葬儀を執り行った。葬儀屋の手を借りて、祖父と両親が葬られた場所の隣に祖母の棺を葬る。木製の棺に土がかけられていく光景に、祖母を慕っていた双子は声をあげて号泣した。
ふと私のほおに水滴が落ちたので空を見上げると、上空に広がる灰色の絹層雲からポツポツと雨が落ちてきた。私は冷たい雨に打たれながら、自分の首にかけている祖母にもらった銀のペンダントを握りしめながら、優しい祖母が逝ってしまったことで、私の肉親はみんな亡くなってしまったのだと涙を流した。