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喜びを噛みしめるように、まぶたを閉じて穏やかに語る祖母の様子に安堵していると、祖母は自身の胸に手を当て深く息を吐いた後、ゆっくりと顔を上げて真っすぐに私を見つめた。
「セリナ……。もし、私が死んだら、この家は売却なさい」
「そんな、おばあ様……! 縁起でもないわ!」
思いがけない祖母の言葉に私は驚きが隠せない。そんな私の顔を見て、祖母は苦笑する。
「まぁ、落ち着いてお聞きなさい。あなたより私の方が年を取っているのだから、私が先に逝くのはごく自然なことです」
「でも……」
「それが遅いか、早いかというだけの話です。いつか来る時に備えて話をしておくのは当然のことですよ」
「おばあ様……」
「私にとって、この家は長年、住み慣れた愛着のある邸宅です。でも、あなたのような若い娘にとっては、こんな郊外にある古びた屋敷は取り立てて価値があるという物でもないでしょう。ですから、私が死んだ時には、この邸宅や不要な物品は手放しなさい」
「そんな……」
突然、祖母が死んだ後の話をされて何と言っていいのか、分からない私が眉根を寄せていると祖母はゆるやかに目を細める。
「セリナ……。あなたは、まだ若いわ。そして若いということは無限の可能性があるのよ」
「無限の可能性?」
「ふふ。老人の言うことだと思って聞いてちょうだい。あなたは気づいていないでしょうけど、若いというのはすごい力があるのよ。望めば、何でもできるのよ」
「何でもできる?」
「ええ、そうよ。だから、あなたはこんな古い屋敷にこだわらず、自分の行きたい所に行って、やりたいことをしなさい」
「やりたいもの……」
「年を取ると、若い頃、あれをやっておけば良かった。これをやっておけば良かったと思うことが多くてね……。私の可愛い孫娘には、人生を後悔してほしくないのよ」
窓の外に視線を向け、何やら遠い目をする祖母に私は尋ねずにはいられなかった。
「おばあ様は……。人生を後悔しているの?」
「何も後悔の無い人生というのを送れる人は、まずいないでしょうね……。でも私は幸せだわ。こんなに可愛い孫が、私のためにこんなに美味しいケーキを作ってくれたんだから」
「おばあ様……」
本当に幸せそうに微笑む祖母に、私の胸も温かくなる。不意に祖母は自身の首にかけていた細い銀製のチェーンを外した。
「今日、美味しいケーキを食べさせてくれたお礼に、これをあげるわ」
「これは?」
祖母に手渡されたのは、小さな銀のカギがトップについた銀製ペンダントだった。
「可愛いペンダントね」
「受け取ってくれるかしら?」
「もちろんよ! ありがとう、おばあ様。大事にするわ」
私は祖母からもらった銀のペンダントをさっそく身に着けた。その後、休憩時間に栗のケーキを食べたルルとララは私を見るなり大きな瞳をキラキラさせて頬を上気させた。
「こんな美味しいケーキ食べたことないですっ!」
「また食べたいですっ!」
感動冷めやらぬ様子で双子は栗のケーキを大絶賛した。私も固いクッキーやビスケットばかりだったこの世界で、久しぶりにやわらかい生洋菓子を食べることが出来てとても嬉しい。
幸い、おばあ様は私が調理場に立っても嫌な顔をしなかったし、また良い材料があったらケーキを作ろうと密かに思った。