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ベルントさんの言葉に私が頷くと黒熊獣人はイスから立ち上がった。
「あ、ちょっと待ってください。ルル、クルミとレーズンのはちみつケーキもう一本あったわよね? ベルントさんにさし上げて」
「はい!」
指示を受けた双子メイドの片割れは猫耳をピンと立て、手近にあった編みカゴに入れて黒熊獣人にクルミとレーズンのはちみつケーキを渡した。
「では代金を」
「いえ、お金は受け取れないです」
「……いいのか?」
「先ほどハリエッタ姫に襲われそうになっていたところを助けて頂いた、お礼の気持ちとして受け取って下さい。今、お茶うけとして出したものと同じで申し訳ないですが、よろしければ」
私もイスから立ち上がりながら説明する。そう、先ほどハリエッタ姫から襲われた時、あの姫君は私の顔をつかもうとしていた。直前でベルントさんがハリエッタ姫の腕をつかんで阻止してくれたが、今も私の右手にくっついてる銅製ボウル。
このボウルがくっついてしまう原因となった謎の粘着液がついた手で、ハリエッタ姫は私の顔をつかもうとしていたのだ。もし、あの粘着液で鼻と口をふさがれていたら最悪、窒息死していた可能性があるし、目に入ってマブタをふさがれていたら目が見えなくなっていた可能性も高い。
冷静になって改めて考えるとベルントさんには、かなり危ないところを助けてくれたのだ。さっきの今でベルントさんからケーキ代を受け取るなんてできない。むしろケーキの一本や二本、お礼にさし上げないと申し訳ないくらいだ。そう思いながら微笑すれば黒熊獣人は私の顔を見た後、右手の銅製ボウルに視線を向け少し思案して頷いた。
「そういうことなら、ありがたく頂く」
「俺もそろそろ失礼しよう。しかし、セリナの右手は」
「ああ、手の平って汗をたくさんかくって言いますし時間がたてば自然とはがれると思いますから、そんなに心配しないで下さい」
心配そうに私を見つめる銀狼獣人に対して、にっこりと微笑めばヴォルフさんは少し表情をやわらげた。
「俺もまた明日、来る。それまでに兄上の情報を入手しておこう」
「お願いします」
こうして大柄な黒熊獣人ベルントさんと、銀髪のオオカミ獣人ヴォルフさんは帰っていった。二人の後姿を見送った後、猫耳の双子は腕まくりをはじめた。
「では、夕食の準備をはじめますね」
「今日はカモ肉がたっぷりありますからカモ肉の丸焼きとか、カモ肉シチューとかいかがでしょう?」
「いいわね。二人におまかせするわ。なにぶん、右手がこの通りふさがってるから手伝えないし」
「夕食の用意は私たちの仕事ですから!」
「セリナ様は、どうぞゆっくりなさってて下さい」




