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「セリナ。実はさっき、カモを仕留めたんだ。良かったらと思って持って来たんだが……」
「カモ肉ですか!?」
「ああ。食べてもらえると嬉しい」
そう言いながら銀髪の狼獣人ヴォルフさんはズッシリとした重さの麻袋を手渡してくれた。
「これ、カモ一匹にしては量が多くないですか?」
「二羽仕留めたんだ。不要だったか?」
「不要だなんてとんでもないです! いつもありがとうございます。ヴォルフさん」
私が感謝の気持ちを込めて笑顔でお礼を言えば、ヴォルフさんは嬉しそうに蒼玉色の瞳を細めた。
「セリナ……。俺はこれからも獲物が狩れたら、こうやってセリナに届けたいと思っている」
「ありがとうございます。すごく嬉しいです。でも、あまり気を使って下さらなくても……」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……。その、つまり」
ヴォルフさんが少し顔を赤くして口ごもっている。気づけば、店頭の片付けと店仕舞いをすでに終えたらしい猫耳メイド二人がドアのすき間から、こちらをのぞき込みながら「がんばれ……! がんばれ!」「もう少し……! もう少し!」などと小声で応援している。
いったい、何をもう少し頑張るのかと私が小首をかしげた時だった。ヴォルフさんの後方から高らかな靴音と複数の人影が近づいてきた。
「やっと見つけましたわ! ヴォルフェール様!」
「え」
ヴォルフさんの後方から複数の侍女を引きつれて現れた銀髪縦ロールの姫君は先日、王宮にケーキを届けに行った際、第二の庭で言葉を交わした蒼狼王国のハリエッタ姫だった。
「ハリエッタ姫?」
「そうですわ! お探ししましたのよ、ヴォルフェール様!」
「なんで、ハリエッタ姫が金獅子国に……?」
「それはもちろん、ヴォルフェール様を探すためにやって来たのです! さ、私と一緒に蒼狼王国に帰りましょう?」
満面の笑みを浮かべて手を差し出したハリエッタ姫を見たヴォルフさんは、困惑顔で首を横に振った。
「いや、俺はすでに実家を出た身だ。狼獣人の一族は当主以外、実家を出ることが決まっているのはハリエッタ姫もご存じでしょう?」
「ええ。もちろん存じてますわ。でもアルジェント公爵家のクルト様は不治の病にかかったのです」
「兄上が!? いや、クルト兄上にもしものことがあったとしても、公爵家は次兄のラドルファス兄上が継ぐ……」
「次兄のラドルファス様はすでに亡くなっておりますわ」
「なっ! それはまことですか!?」
「ええ、事実です。こんなウソをついたりしませんわ。クルト様は亡くなったラドルファス様と同じ病だそうです。もう長くはないでしょう。私が国を出る時、まだ帰国しておりませんでしたから、旅の途中で病状が悪化して命を落としている可能性も高いですわ」
「そんな……。クルト兄上が」




