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「クラレンス様から、婚約破棄の件も聞きました」
「そうなのね……。学園を卒業してから一段落した時に、話そうと思っていたんだけど……。セリナには返って、ツラい思いをさせてしまったわね……」
話を聞いてみると、やはり祖母は私が両親と祖父を立て続けに亡くしてまだ日が浅いというのに、侯爵家から婚約破棄が通達されたということまで伝えるのは、あまりにも忍びないと話すのをためらっていたのだという。
「婚約破棄の件は驚いたけど、私は大丈夫よ。それより、おばあ様に気を使わせてしまってごめんなさい」
「セリナ……」
元はと言えば、私が自分の魔力の高さを隠して学園生活を送っていたのも婚約破棄の要因だ。この件でおばあ様が心を痛めるのは申し訳なかった。
結果論だが、婚約者だったオブシディア侯爵家のクラレンス様と結婚しても、あの魔力と身分重視な思考では幸福な結婚生活が送れたとは思えない。
婚約破棄されたというと世間的、貴族令嬢という立場的に聞こえは悪いだろうが、私的には肩の荷が降りたような心持で安堵した。
「私が学園を卒業したことだし、婚約破棄された今となってはオブシディア侯爵家に一日も早く、借りてたお金を完済しないといけないわね」
「ええ、セリナ。荷造りが出来次第、ウチに移りましょう。あなたが一緒に住んでくれるなら、これほど嬉しいことはないわ」
「おばあ様……。そうね。そうと決まったら荷造りを始めるわ!」
こうして、今まで住んでいた自宅とセレニテス子爵家の領地は、祖母が手続きを踏んで手放し、オブシディア侯爵家から借りていたお金は何とか完済できた。そして、私は私物をまとめて郊外にある祖母の邸宅に移り住むこととなった。
閑静な郊外にたたずむ築年数の古い邸宅は外観こそ古いが、内部は心地よく過ごせるよう手入れが行き届いているし、私が居住するスペースはじゅうぶんにある。
祖母と二人で馬車に乗り、流れる景色を何ともなしに眺めていると不意に祖母が声を上げた。
「そういえば。セリナに言ってなかったけど新しく、住み込みのメイドを二人やとったのよ」
「そうなの?」
「ええ。年はあなたと近いのよ」
「へぇ……。どんな人?」
「明るくて元気な良い子よ」
祖母は優しく目を細めた。いったい、どんなメイドなんだろうと思いながら馬車を降りて祖母宅の玄関ドアを開けようとする直前、私がドアノブに触れるより先に重厚な木製扉が開いた。