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追加のケーキを作らない上に、双子がここまで言ってくれるなら調理場で待機する必要は無い。
「じゃあ、お言葉に甘えて二階にいるわ。もし、忙しくなったら呼んでね?」
「はい!」
「ごゆっくり~」
こうして私は一度、調理場に入って水差しからグラスに水を注いで一杯飲んだ。ノドの渇きを潤してホッと一息ついた私は調理場を出て階段を上がった。
二階の自室に入った私は窓を開け、部屋に外の空気を入れた。澄んだ青空には太陽の光を受けながら小鳥たちが舞っているのが見え目を細めた。テラスに出ると以前、ガーデニングに使っていた複数の植木鉢が目につく。
「そういえば、植木鉢が全部カラになってたのよね。このままだと寂しいし、何か新しい種か苗でも用意して植えようかしら……」
以前は種から育てて成功したし新規に何か植えるとしたら、また種から育ててみるかと考える。見目が麗しい花を育てて、色とりどりの小花が咲いた植木鉢を店の周囲に置けばオープンカフェでお茶を飲む人たちの目を楽しませてくれるだろう。
季節的なことを考慮すれば、今の時期に種から植えるならハーブも良いかも知れない。ガーデニングで育てた自家製ハーブをお茶や料理に使えると考えれば、また収穫の楽しみも味わえる。
「うん……。悪くないわね! そうと決まれば今度、市場に行った時にハーブの種を見つくろって購入しないと」
心のメモに『ハーブの種』と書き込みながらテラスの外に広がる街並みを見渡す。人々が忙しそうに通りを行きかっている姿が見える。そんな中、ふと眼下を見て私は固まった。ゴクリと生つばを飲み込んだ後、急いで階段を降りると双子が驚いた様子で私を見つめる。
「セリナ様?」
「どうしたんですか? そんなに慌てて?」
ルルとララはてっきり二階で休憩するとばかり思っていた私が突如、階下に降りて来たので不思議そうに小首をかしげた。
「ちょっと外に出るわ!」
「あ、はい」
「行ってらっしゃいませ~」
双子は私が外出するのを特に追及することも無く、穏やかに笑顔で見送ってくれた。ドアを開けて外に出た私はぐるりとパティスリーの裏に回り込むと、小道をはさんだ向かいの建物を見つめる。そして、その建物の前には見覚えのある白い二頭立ての馬車が止まっていた。
「あの馬車は、もしかして……」
馬車は黒色や茶色などシックな色合いの物が多い。白色は貴族なら比較的、愛用している場合もあるが城下で見かけるのは珍しいのだ。そして私はつい先ほど、これと同型の馬車を目にしたばかり。もし同じ人物が乗っているのだとしたら……。




