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「もっとも、フローラ様が王妃になった所で必ずしも、あの伯爵令嬢から御子が産まれるとは限らないですが」
「確かに」
レオン陛下はすでに伯爵令嬢フローラとの婚約を解消したいと公言しているのだ。重臣たちが外堀を埋めて政略結婚をしたところで、子供が出来るかどうかはまた別の話だろう。
「それより私が危惧するのは、いったん王妃の座についてしまえば伯爵令嬢フローラは国王陛下、リオネーラ王太后様に次いで金獅子国で第三位の権力者となることですね」
「まさか……。ミランダさんが危惧してる事って」
私が自分のくちびるを指で触りながら黒髪の女官長を見れば、ミランダさんは少しうつむいて白い顔に影を落とした。
「口に出すのも恐ろしいことですが、国王陛下と王太后様にもしものことがあれば伯爵令嬢フローラが女王として、この国を統治することになります」
「フローラはそれを狙っていると?」
「確たる根拠がある訳ではないですがレオン陛下が麻痺症状で死の淵にいた時、あっさりと第二王子と結婚の約束をしている訳ですから伯爵令嬢フローラがレオン陛下に恋愛感情を持って王妃になりたいと考えている訳ではないでしょう……。女官長として伯爵令嬢フローラに接して、あの伯爵令嬢の人となりについては把握したつもりです。それを踏まえれば今は殊勝な態度を見せていても、額面通りに受け取るのはどうかと……」
「それについては完全に同意します。王立学園時代にフローラのクラスメイトだった私が保証します」
「さらに言えば、いったん王妃になっても何年も御子が産まれない場合は離縁される可能性も高まりますからね」
レオン陛下が王妃にと望んでいるのはローザである以上、仮に伯爵令嬢フローラが王妃になったとしても子供を授かる可能性はかなり低い。魔力の高い子供を産んでもらうために王妃に推した重臣たちも肝心の子供ができないとなれば離婚もやむなしという流れになるだろう。
しかし、いったん王妃の座についたフローラが黙って離縁し実家であるフルオライト伯爵家に戻るとは到底思えない。彼女の性格ならミランダさんが心配する通り、国王陛下や王太后を排除して最高権力者の地位につくことを目指す可能性の方がずっと高いように思えた。
「そのこと他の方には?」
「すでにリオネーラ王太后様には申し上げたのだけど、一笑に付されてしまったわ。王太后様は伯爵令嬢フローラにそういう思惑があっても想定内だと考えておられるようだけど……。心配だわ」
黒髪の女官長ミランダさんは苦々しい表情で肩を落とした。
「やっぱり、伯爵令嬢フローラを王妃にすべきじゃないわ。万が一のことになれば取り返しがつかないもの……!」
「私もそう思うけど、私の立場ではこれ以上のことはどうにも……。何か伯爵令嬢フローラが王妃になる正当性を失わせるような事態になれば良いんだけど」




