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「セリナの親友ならば、そうなんだろうな……。しかし、知らない者が聞けば本来、王妃となるはずの婚約者ではなく寵妃が王妃の部屋にいると言うのは」
「それも事情があるんです! 警備上の問題で……!」
ローザが王妃の部屋に滞在するようになったのは、後宮に用意された寵妃の部屋で何者かに後頭部を殴打された末、部屋が火事になって危うく死ぬ所だったからだ。
その時の犯人がいまだに捕まっていないから、仕方なく防犯の観点から警備兵の目が行き届いている王妃の部屋に滞在するようになったというのに、ローザが王妃の部屋に居座っているなどと陰口を叩かれるなんてあんまりだ。
「ああ、そうなのだろうな……。しかし、その事情を知っているからと言って王宮に出入りしている者としての守秘義務を考えれば、セリナの口から言いふらす訳にもいかないのだろう?」
「う……。はい」
「まぁ、事情があって寵妃に問題がある訳ではないと俺たちは分かった訳だが、やっかいだな……」
黒髪の熊獣人が眉間に深いシワを刻むと、銀髪の狼獣人が苦々しい表情をした。
「ああ。何も知らない城下では『寵妃ローザは国王をたぶらかしている悪女』だという噂をすっかり信じている者もいる」
「そんな、真逆ですよ……。何でそんな根も葉もないウワサが……」
愕然としながら呟けば、ヴォルフさんが顔をしかめる。
「こういう場合、スキャンダルを面白がる者が勝手な噂を言いふらして、噂が噂を呼び話に尾ひれが付いていく場合もあるが……」
「もう一つ、可能性があるな」
「どんな可能性ですか?」
尋ねればベルントさんは自身の黒髪を揺らして、少し考えるように虚空を見つめた。
「寵妃ローザが悪女であるという噂が流れることによって、得をする者がそういう噂を流している可能性がある」
「ローザの評判が下がって得をする人なんて、まさか……」
私の脳裏には鮮やかな赤髪の伯爵令嬢フローラの姿がよぎった。今、ローザの評判が悪くなることで得をするのは立場上、国王陛下の婚約者であるフローラで間違いない。
しかしフローラは現在、後宮にいるはず。城下のウワサをどうやって広めているのだろうか。そんな疑問を感じていると目前の熊獣人と狼獣人は鋭い瞳を見合わせた。
「まぁ普通に考えれば、寵妃ローザと敵対する側の者たちが動いているんだろうな」
「そうだな。国王レオンの婚約者である伯爵令嬢フローラの実家、フルオライト伯爵家か……。あと、宰相ハインも伯爵令嬢フローラの親戚筋だったな」
ベルントさんとヴォルフさんが腕を組んで話すのを聞きながら先日、フローラは謁見の間でレオン陛下から事実上の婚約破棄宣告を受けた状態だというのに、まさか城下でこんなウワサを広めるなんて信じられない思いだった。




