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この魔力が注がれた水というのが一般的にはネックらしく「魔力の実は流通量が少ない」と言われるゆえんでもあった。
何しろ大量栽培しようと思ったら広大な畑で大量の苗を植え、同時に水や肥料を与えないといけない。
しかし『魔力の実』に関しては、じゅうぶんに魔力で満たされた水を常に与え続けないと、きちんとした『魔力の実』に育たず、普通のベリー系植物になってしまうのだという。図書館で本のページをめくりながら一人、つぶやく。
「魔力をたっぷり注いだ水……。問題無いわね。私が自分で魔力を注げばいいし、手元に実は一個しかないんだから」
ひとまず植木鉢で苗を育てよう。そして、よく育ってきたら頃合いを見て、植え替えれば良い。自宅に帰った私は、ガラスのコップを水で満たした。
その水に魔力をたっぷりと注入した後で、魔力の実から取り出した小さな黒い種を複数投入して一晩、魔力水に浸したあと、土魔法で成長促進効果のある魔法をかけてから植木鉢に種をまいた。
すると三日後に深緑色の芽が出て、やがて小さな葉っぱが二枚開いていた。葉に日光がよく当たるよう日当たりの良い場所に置きながら、適度に魔力をたっぷり注いだ水をあたえてやると、苗はどんどん成長していった。
「順調に成長してるわね……。この調子なら問題無いわ」
何枚も緑色の葉をつけながら、たくましく成長する苗を見て手ごたえを感じる。もっとも、土魔法で成長促進効果が見込めるとはいえ実際に苗が実をつけるまでには、まだまだ時間がかかるだろう。
それでも日々、自分が育てる植物が成長するのを見ているのは楽しい。そんな私を見て、おばあ様が目を細める。
「セリナは土いじりを始めたの?」
「うん。ちょっとね。上手くいけば実が出来ると思うわ。まぁ、収穫できるのは先のことだけど」
「そう……。ねぇ、セリナ」
「ん、何?」
「……やっぱり、いいわ。また今度にしましょう」
「?」
おばあ様は何かを言いかけていたが、胸に手を当てて大きく息を吐くと発言を止めた、心なしか沈痛そうな面持ちだ。息子夫婦を亡くして、何かと心細いのだろうか。
私が自宅で複数の苗を育てることに尽力している内に、王立学園の方は卒業の時期となった。やや、肌寒い風が吹く朝、やや感傷的になりながら学園内の大聖堂で行われる卒業式に出席した。
白い石灰岩で造られた荘厳な大聖堂は側面のアーチ窓から、卒業生を祝福するかのように柔らかな日差しが降り注いでいる。