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「寵姫ローザ……。貴様さえいなければ! 死ね!」


「っ!」


 水宝玉色の瞳を見開き、蒼白で立ちつくす寵妃ローザを雷で焼きつくそうと手を出した。しかし電撃が寵妃ローザに届く寸前、側面から鋭い音と共に大きな衝撃を受けて血しぶきが宙に舞った。


 ゆっくりと視界が反転するのを他人事のように感じながら白大理石の床に倒れ込んだ。右半身が焼けつくような痛みを感じ右手脚を動かすことすら出来ない。


 特に首元に嫌な感触がするので左手でふれてみれば、ぬるりとした熱い物が手にべったりと附着した。いったい、何なのかと濡れた左手を見ればそれはドス黒い血液だった。


 そこでようやく、自分は首元から胴体と太ももまでをザックリと切り裂かれ、今まさに白大理石の床を血で赤黒く染めているのだということに気付く。


「こ、れは……」


 心臓の鼓動や脈動と共に傷口からは大量に血液が失われ、黒い血だまりがその面積を広げていくのが分かった。そして出血量から「これは助からぬな」とごく冷静に判断できた。


「ライガ……」


 震える声のした方に視線を向ければ、こちらに手の平を向けた金髪の兄王がまるで自分が手傷を負ったような顔で、血にまみれながら床に倒れ込んだ自分を見ていた。


 そうか、兄上の風魔法による『風の刃』で身体を深く切り裂かれたのかと把握した。それにしても、今にも涙をこぼしそうなほど潤む兄の金眼に疑問を抱かずにはいられない。


「……簒奪者を粛正したに過ぎないというのに何故、兄上はそのような顔をするのだ?」


「余はこのような結末は望んでいなかった」


「フン、兄上はやはり甘い……」


 どこまでも非情になり切れぬ兄を嗤う為、口角を上げてやろうと思ったが大量に失血しているからだろう。表情筋を上手く動かすことが出来ず、微妙に顔を歪めただけに終わった。そして最早、自分がどんな表情をしているのか分からぬほど意識が朦朧としてきた。


 すでに視界は白い靄がかかったかのようで兄の顔も見えなくなってきた。目を開けている意味もないと重すぎる両眼を閉じれば、ポタリと頬に熱い雫が一滴おちたのが分かった。目を開けなくても分かる。レオン兄上が王位簒奪を目論んだ愚かな弟の為に涙を流したのだろう。


 王位簒奪は確かに失敗に終わったがレオン兄上にとっては将来、自分の子供を害する可能性がある不安の芽をこれで一掃できたのだ。少しは喜べば良いのに……。そんなことを考えながら身体から失われる血と共に朧げな意識は深い漆黒の闇へと沈んでいった。

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