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「伯爵令嬢フローラか……。魔力の高さを自慢げにしている高慢さが鼻につくが、リオネーラ王太后や宰相をはじめ重臣がレオン国王の正妃にと推した娘なら金獅子国の王妃として不足は無いだろう……。もともと王侯貴族の婚姻に恋愛感情は伴わない。利害関係が最重要視されて結婚するのだ」
飲み干してカラになったワイングラスに再び、深紅の葡萄酒を注ぎながら独りごちる。
「どうせ金獅子国の王になれば、後宮にいる千人以上の側女や寵姫を好きなように出来るのだ……。正妃に関しては魔力の高い女を据えて重臣の意見を汲み、物足りなければ後宮でいくらでも他の美女を寝所にはべらせれば良い」
窓の外の景色を眺めながら、そんなことを呟いていた時、客間のドアが控えめに二度ノックされて開かれた。現れたのは若草色のドレスを着て手にポーチを持った若い貴族令嬢だった。
「失礼いたします。ライガ殿下でございますね?」
「誰だ? 見ぬ顔だが?」
パーティや外交で高位の王侯貴族については、おおよそ把握しているが目の前にいる令嬢は全く見覚えが無く、首をひねると若草色のドレスを着た令嬢はスカートの端をつまんで軽く頭を垂れた。
「私はセレニテス子爵家の息女……。セリナと申します」
「子爵家の娘が何用だ?」
「実はライガ殿下にお見せしたい物がございます」
「見せたい物?」
「これです」
セリナと名乗った令嬢が手元のポーチから黒い布に包まれた物を取り出した。そして、子爵令嬢が黒布をめくると中から出てきたのは柄部分に大粒のエメラルドがはめ込まれ、刀身には乾いた血糊がこびり付いた見覚えのある三日月型の宝刀だった。
「それは!」
「三日前。私が市場を歩いていた時、腰に手傷を負ったダーク王子から預かった宝刀です……。実はこれを手渡された時に『第二王子ライガ兄上が、第三王子ブランシュ兄上を殺害したのだ』とダーク王子から聞きました」
「ダークはそのような事を申していたのか……」
「はい……。ですが、王宮ではダーク王子がブランシュ殿下を殺害したということになっていて驚きました。実は私は王立学園時代、ダーク王子とは同じクラスでした」
「ほぉ」
「私には、今わの際にダーク王子が嘘を申していたとは思えません……。ライガ殿下。何もかも嘘で覆い隠そうとしても必ずほころびが出て来て、真実はいずれ白日の元に晒されますわ……。亡くなった第四王子ダーク殿下の為にも事実を公言して頂けませんか? そして弟君を手にかけた罪を償うべきですわ」




