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アゴ髭の兵士に疑惑の目を向けられた私はゆっくりと立ち上がった。
「この通り、何も隠してなどおりません……」
「いや、スカートの中に隠し持っている可能性があるぞ?」
そう言いながらアゴ髭の兵士が、いやらしい顔で私のスカートに触ろうとした瞬間、私は兵士の手をはたいた。
「無礼な! 私はこう見えてもセレニテス子爵家の令嬢です! 金獅子国の兵士は子爵令嬢のスカートをのぞき見るのが仕事だとでも言うのですか!? 恥を知りなさい!」
「くっ、子爵令嬢だと!?」
手をはたかれてアゴ髭の兵士がたじろいだ時、周囲に散らばった編みカゴや板切れを捜索していた兵士が顔を上げた。
「隊長、周囲を探しましたが宝剣は見つかりません!」
「チッ! 逃走の途中で隠したのだろう! 第四王子の死体を回収して宝剣の捜索を始めるぞ!」
「はっ!」
兵士たちの手によって第四王子の遺体が運ばれる様を呆然としながら見送った後、市場の片隅にある井戸の水で自分の手の平についた血を洗い落とした。そしてスカートの内側に身に着けていた白いペチコートを縛って隠し持っていた物を取り出す。
黒い布で巻かれた第三王子殺害の凶器。ダーク王子から預かった時、手押し車に隠すことも考えたが急にダーク王子の傍から立ち去って妙な動きをすれば疑われると思い、老医師の影に隠れながらスカートをめくってひそかにペチコートに隠していたのだ。
「何とか、兵士に気付かれずに済んだけど……」
購入した果物を入れた手押し車を押して帰路につきながら、ダーク王子に言われたことを思い出す。第二王子ライガは寵妃ローザに国王毒殺の濡れ衣を着せるつもりだと言っていた。
一刻も早く、レオン国王の看病をしているのであろうローザにこの事実を伝えたい。しかし、私は王宮に出入りしているとはいえ、あくまでローザにケーキやお菓子を注文された時に持って行ってるだけ。すぐにケーキを届けに行くような予定は現在、入っていない。
一体どうやってローザにこの事を伝えたら良いのか……。確か、王宮内で働いている者に手紙を出すと必ず、検閲が入るとローザは言っていた。手紙に下手なことを書けば検閲した者が第二王子ライガ側の人間であった場合、ローザも私も危うくなるだろう。
「でも、このままレオン王が亡くなって、ライガ王子が王位に就くことになれば、ダーク王子も浮かばれないわ……」
かと言って、次期国王であるライガ王子が王弟殺しの犯人だと、私が主張した所で狂言でライガ王子を貶めたとして侮辱罪に問われて投獄されるのが関の山……。




