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「事実でございます寵妃様。王弟殿下がおっしゃられるように両手両足に麻痺症状が出て、快癒できぬならこれ以上は……。と」
「そんな……」
私が絶句しているとライガ殿下は医師の言葉に得心した様子で何度も頷いた。
「やはり、兄上もそのように考えていたか」
「はい。医師としては身を切る思いでございますが、それが国王陛下のご意思でございます」
老医師が寝台の上で横たわるレオン陛下に視線を向けた後、深く頭を下げた。
「決まりだな。侍医は部屋から出るがよい。寵妃ローザも……」
「嫌です!」
「ローザ……。ライガ殿下にそのような」
第二王子に国王陛下の寝室から出るよう告げられたが、私は即座に拒否した。その様子に女官長が心配そうに声をかけたが、私はライガ殿下を真っすぐに見据えた。
「私は最後まで陛下のお側でお仕えすると、レオン陛下にお約束したのです!」
「では兄上のことは寵妃ローザに一任しよう……。私は国王就任の準備があるので、これで失礼する」
そう言い残して第二王子は、金褐色の髪を揺らしながら国王の寝室を出て行った。その後ろ姿を見送った老医師は診察用具が入った箱からガラスビンを取り出して、ベッドサイドチェストの上に置いた。
「寵妃様……。レオン陛下の呼吸があまりにも苦しいようでしたら、このシロップを……」
「これは?」
「ある植物から採取して作ったシロップです。鎮痛作用があります。少量の摂取なら陛下の苦しみをやわらげることが出来るでしょう……。しかし、大量に摂取すれば昏睡状態に陥りますのでご注意ください。そして、陛下以外の方は決して口にせぬように」
「どういうことですか?」
何やら不穏な物を感じて尋ねると、侍医は自身の白髭を触りながら透明なガラスビンの中に入っているシロップを見つめた。
「このシロップには依存症になる成分が含まれております。摂取しすぎると中毒症状も起こります。そして長期間、大量に摂取すれば廃人になってしまいます。……ですから陛下以外の方は決して口にせぬよう」
「そのようなシロップを陛下に摂取させよと言うのですか!?」
私が語調を強めれば、老医師は力なく首を横に振った。
「もはや、このシロップ以外に国王陛下の苦痛をやわらげる手段が無いのです。それに少量でしたら一般的に鎮痛剤として使われている物ですので、どうか……」
白髭の医師はそう言い残し、ガラスビンに入ったシロップをサイドチェストの上に置いていった。徹夜で高齢の医師は疲れているのだろう。医療用の診察用具が入った箱を持っていくのを忘れていったけど追いかけて声をかける気になれず、私はただ茫然と医師の残したシロップを見つめ続けた。




