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こうして王宮の一角にある厨房を訪ねると、料理人たちが調理台の上に置いた、まな板に大きな肉塊を乗せて銀色の料理包丁で手際よくカットしたり、複数の窯に火を入れて大鍋で出汁を取ったりしている。
そんな中、複数の料理人の中でも一際、横幅の大きい黒髭の料理人がこちらを見た途端にでっぷりとしたお腹を揺らしながらやって来た。
「こ、これは寵妃ローザ様! 先日はどうもありがとうございました!」
「先日? ああ、あの時ね」
眼前にいる太った黒髭の料理人は国王陛下が倒れた時、直前に陛下がスープを飲んでいたため、一度は料理長が陛下のスープに毒物を混入したのではないかという嫌疑をかけられたことを思い出した。
「寵妃ローザ様のお言葉であの時、私めがどれほど救われたか!」
「料理長さん。私はごく当たり前のことを言っただけです。あの場で私が言わなくてもレオン陛下なら、すぐに料理長さんたちが無罪だということは分かった筈です。ともあれ、冤罪が晴れて良かったですね」
「ローザ様! ありがとうございますっ!」
「それより今日はお願いしたいことがあって、こちらにお伺いしたんです」
「はい! 私めに出来る事でしたら何なりと!」
「では、お言葉に甘えて……。ハチミツとレモン、塩とお水を用意して頂けますか?」
料理長さんが全面的に協力してくれたおかげでハチミツとレモン果汁が入った経口補水液はすぐに用意することができた。出来上がった琥珀色のハチミツとレモン果汁入り経口補水液はガラスビンに入れて貰った。これで陛下に飲んで頂くことが出来る。
「でも結局、料理長さんに作って頂いたわね……」
「仕方ないわよ。料理人以外が、無闇に王宮内の厨房に立ち入ることは出来ないもの」
経口補水液が入ったビンを持ち廊下を歩きながら私が呟けば、ケーキの入った箱を持ってくれているジョアンナは肩をすくめて口を曲げた。
「出来れば自分の手で作りたかったんだけど……」
レオン陛下に飲んで頂く物だし、難しい物では無いから自分で用意したかったけれど黒髭の料理長は恐縮した様子で「いくら寵妃様とはいえ、そればかりはどうかご遠慮ください」と厨房への立ち入りを断られてしまった。
「ローザが来てるみたいなヒラヒラしたドレスじゃあ、複数の窯で火を扱う厨房に立ち入って万が一、ドレスに火が燃え移ったら焼死しかねないんだから無理でしょう」
「そうね……」
「でも、そんなに作りたいなら今度は材料を用意してもらって居室あたりで作ったら良いんじゃない? 絶対、厨房じゃないと作れないような物じゃないんでしょう?」
「うん。それが良いわね」




