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「こうなってみて初めて痛感するが、今まで当たり前に存在したモノが失われることで、ようやく大切さに気付くんだな……」
「ダーク王子も、お父様が大切なのね」
「尊敬はしている……。野心を持って我が国の領土を狙っている近隣国の脅威から長年、国を守ってきたのだからな」
「金獅子国の領土を狙っている国が?」
私が住んでいる金獅子国は平和そのもので、他国から領土を脅かされるという話は少なくとも私が生まれてから聞いたことが無い。驚いて尋ねれば、ダーク王子は落ち着き払ってうなづいた。
「一番は北の黒竜帝国だな。武力も高く、スキあらば領土を削り取ろうと狙っている」
「黒竜帝国が……」
「もっとも表立って戦を起こせば向こうもタダでは済まないから、近年はもっぱら搦め手に回っているな」
「搦め手って?」
戦争以外で他国の領土を狙う搦め手など、想像も出来ない。疑問をそのまま口にすると、ダーク王子は小さく肩をすぼめた。
「王のハーレムに黒竜族の姫を送り込んでいる」
「それって……」
「あわよくば、黒竜族の姫に金獅子王の子供を産ませて、その子供を王位につけたいんだろうな」
黒竜帝国に縁のある黒竜族の姫と金獅子国王の間に子供ができれば、黒竜帝国は生まれた黒竜族の血をひく子供を王位につけるべくバックアップするだろう。子供には金獅子国王の血が流れているのだから、金獅子国の王位を主張する大義名分がある。
そして、金獅子国は王族の間で、国王を殺害して王位を奪うというのが歴史的に何度も起こっている血筋だ。今までは国内問題、王族間の内紛でしかなかったが、これに武力の高い他国が関わると考えるとゾッとした。
「黒竜帝国は、本当にそんなことを?」
「実際、我が国以外にも同様に他国の王へ寵姫を送り込んでいるし、黒竜帝国側が具体的な動きをおこしている。狙いは明確だろう。今はまだ知る者も少ないだろうが、遅かれ早かれ噂も広まるはずだ」
「……」
「もっとも、黒竜族の姫がハーレムに送り込まれた直後、父上が大病をわずらって体調を崩したせいで、ハーレムの女に子供を産ませる所では無くなっていたが」
「そうだったのね」
「黒竜帝国やハーレムに送り込まれた姫にしてみれば、アテが外れただろうな」
「……」
王子が皮肉げに笑ったあと、不意に真顔になり窓の外に視線を送る。
「それにしても『死』という物は普段は見えないから、誰も意識しないが……。本当は誰の隣にも存在しているんだろうな」