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虚空に視線を泳がせる金髪の国王陛下の様子を見ると、どうやら甘い物が好きだと言う事はあまり知られたくないのかも知れないと感じた。
そういえば、甘い物は女子供が好んで食べる物という認識が一般的で、例えば成人男性が一人で甘いお菓子を食べている姿を街中で見かけた記憶は無い。
まして歴代の国王が肉食だったにも関わらず、新王が就任してすぐ「ケーキが食べたい」などと突然、言うのは抵抗がある物なのかも……。そう思った私は思い立った。
「では、私がデザートを用意してよろしいですか?」
「そなたが?」
「ちょうど昼間、友人のセリナがケーキを持ってきてくれたので」
「べ、別に構わぬが……」
レオン陛下の許可を得た私は、居室の前で控えていた侍女ジョアンナに頼んで保冷庫に置いておいたケーキの入った箱を取りに行ってもらった。
「そういえば、今日は母上に会ったと聞いたが?」
「はい。お話をうかがいました」
「どんな話をしたのだ?」
「国王陛下の婚約者である伯爵令嬢が後宮入りされましたので、後宮での心構えなどを……」
「婚約者か……。あれは母上と宰相が強引に決めたものだ。そなたが気にする必要は無い。まぁ、その話はよい……。それよりも、食事にするとしよう」
陛下と共にテラスに置かれた椅子に座り食前酒から頂くと、口当たりの良いすっきりとした味わいのお酒が適度に胃を刺激してくれるのを感じた。
「飲みやすい食前酒ですね」
「うむ」
食前酒でノドを潤した後は、銀のカトラリーを手に前菜に取りかかる。薄切りの鴨肉にパプリカが添えられた少量の前菜は、酸味ある味付けがされていて食欲を増進させてくれた。
次に澄み渡った琥珀色のスープを飲むと鶏ガラや肉、野菜を長時間、じっくりと煮込んで作ったであろう味わいが感じられて、その美味しさに思わずため息がもれた。
「こんなに澄んでるのに、なんて深い味わいなのかしら」
「気に入ったか?」
「はい。とっても美味しいです」
メインとなる肉料理は、鹿肉の部位が柔らかな背ロースで濃厚なソースと相性が抜群だった。牛肉の赤ワイン煮込みの方は香草やスパイスで程よく味が整えられえており、ワイン煮で肉の旨味が閉じ込められた素晴らしい逸品だった。
食事の途中で居室の扉がノックされ、ジョアンナから受け取った箱からキツネ色の焼き目が付いたチーズケーキを取り出し、白磁器の小皿に置いてレオン様に渡すと、国王陛下は金色の目を細めて嬉しそうにケーキを受け取った。
そして、相当な量の肉料理を食べた直後にも関わらず、甘い物は別腹と言わんばかりに箱の中に入っていたケーキが次々と陛下の胃におさまっていった。




