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「なんでフローラが?」
「あら、セリナにローザじゃないの! ローザが寵妃になったのは聞いてたけど、なんでセリナがこんな所にいるの?」
「フローラこそ」
「私は婚姻の前にお妃教育を受けないといけないから、今日から後宮に入るのよ。ローザは知っていたでしょう?」
「ええ、まぁ……」
レオン陛下の婚約者である伯爵令嬢フローラが後宮入りするという話は私も、女官長ミランダから聞いていたから知っていた。しかし、まさかこんな所でセリナと一緒に遭遇するとは思っていなかった。
「もっとも婚姻前だから正式な後宮入りじゃあないけれど……。それより女官長、ここは部外者が立ち入りできる場所じゃないでしょう?」
赤髪の伯爵令嬢が訪ねれば、黒髪の女官長ミランダはちらりとセリナに視線を向けた後、質問に答える。
「フローラ様……。こちらのセリナは寵妃ローザに菓子を届けている菓子職人です。国王陛下の許可は下りておりますので、注文された菓子を届けるため、この場所に立ち入ることに問題はございません」
「ああ。ローザのコネというか、お情けで仕事をもらってるのね」
「は!?」
小馬鹿にするようなフローラの言いようは、菓子職人としての矜持に傷をつける物だろう。セリナは思わず声を荒げたが、赤髪の伯爵令嬢はそれを気にすることなく薄笑いを浮かべる。
「まぁコネがあるとは言え、王宮に出入りするなんて平民となった身としては頑張ってるのねぇ……。私も気が向いたら平民のケーキを注文してみようかしら? 王妃になる私の口には合わないでしょうけど、元クラスメイトのよしみで召使いに食べさせて、セリナの店の売り上げに貢献してあげましょうか?」
「お気遣いは結構よ……。こう見えても店の経営は順調なの」
「そう? まぁせいぜい、頑張って小金を稼いでちょうだい。私はこれから国王陛下の横に並び立つ正妃として、お妃教育に励まないといけないから、とっても忙しくなるのよね。ああ、気楽な平民がうらやましいわ~。おほほほほ」
高笑いをしながらハイヒールの音を高らかに鳴らして立ち去ってくフローラの後姿を見送りながら、セリナはギリギリと歯を食いしばり、怒りで目元がヒクヒクとけいれんしていた。
「だ、大丈夫セリナ? あんな嫌味なんて気にすることないわよ……」
「ありがとう。でもフローラが後宮入りするとなると、私のことより、ローザのことが心配だわ」
「心配なんて……。後宮は警備もしっかりしてるし、めったなことは起きないわよ」




