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寵妃として後宮に入ってようやく少し落ち着いた頃だった。気持ち良い日差しが降り注ぐ中、パティスリー・セリナに注文していたケーキを店主のセリナ自らが王宮に届けに来てくれた。
「ローザ。久しぶり!」
「セリナ、会いたかったわ」
「私もよ! あ、これ注文してもらったケーキよ」
「ありがとう。ジョアンナ、このケーキは後で食べるから」
ケーキの入った箱を側にいたジョアンナに渡すと茶髪の侍女は笑顔で頷いた。
「では、ひとまず食料保存庫に置いて来ますね」
「お願い。私はセリナと庭を散策してるから」
今日は天気も良いし、二人きりで歩きながら話をしたい。そう思って私はセリナと共に第一の庭を歩いた。黄色く色づいた庭園樹が等間隔で植えられている庭園の道を歩く。木漏れ日からもれてくる、まぶしい陽光に目を細めていると気持ち良い風がほおをなでた。
「ローザ。この間、預かった手紙、ちゃんとケヴィン君に渡しておいたから」
「ありがとう。大丈夫だった? ケヴィン、心配して泣いたりしなかった?」
「そうね。ケヴィン君は泣かなかったけど、一時はどうなることかと……」
「泣かなかったのね。良かったわ……。小さい頃はすぐ泣いちゃう子だったのよ。ハグして、なだめてあげると泣き止んでくれるんだけど、あの子も少しは大人になったのかしら」
私が寵妃になったと知ってもケヴィンが冷静に受け止めてくれたようで、私は安堵すると同時に弟の成長を嬉しく思った。
「大人っていうか……。噴水が氷漬けになったり、あと大きな雹が降ってきたりして生命の危機を感じたわ」
「えっ、城下はそんなことになってたの?」
「一時的な物だったけどね。局地的な異常天候になったというか……」
「まぁ、大変だったのね。この所は過ごしやすい気温だと思っていたけど、雹が降って噴水が凍ったなんて初耳だわ。大丈夫だったの?」
「うん。まぁ、テラスに置いてた植木鉢が雹に当たって破損した位で、さいわい大きな被害やケガは無かったわ」
「そうなのね。良かったわ。ところでケヴィンはどんな感じだった?」
「いや、ローザの弟君の話なんだけど」
「え?」
「ローザ……。もしかして知らないの? ケヴィン君って」
「あら、あれは……」
セリナが話しかけた時、ちょうど黒髪の女官長ミランダに先導されて二人の侍女を従えながら庭園沿いの回廊をさっそうと歩く貴族令嬢の姿が見えた。
鮮やかな赤い髪をたなびかせ、深紅のドレスを身にまとった令嬢は学園時代の元クラスメイトである、フルオライト伯爵家のフローラだった。思いもよらない遭遇にセリナは唖然としている。




