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魔道具店を出た私は、思いのほか機嫌が良かったコルニクスさんの様子に拍子抜けしながらパティスリーに戻った。店番をしていた双子は私に気付くとピンと猫耳を立てた。
「あ、セリナ様!」
「お帰りなさいませ!」
「うん。ただいま……」
「何かあったんですか、セリナ様?」
「セリナ様……。何だか、ぼーっとしてるような?」
猫耳の双子が私の様子がおかしいと小首をかしげているが、今の自分の心境をどう言うべきか私にもよく分からない。
「いや。強いて言うと、不良が捨てられた仔犬を拾った光景を見たら、不良の株が上がる現象に近いのかと……」
「はい?」
私の言ってる事の意味が分からず、ルルとララは困惑顔だ。私自身も説明が難しいので残念ながら、これ以上の説明はしようがない。それにしても、コルニクスさんの飲んでいた茶褐色の液体は恐らくコーヒーだろう。そして食べていたのは干し肉。
ほんの少し食生活を垣間見ただけだが、目の下にある酷いクマといい青白い顔色といい、あの魔道具屋店主が食生活に気を使っているとは到底、思えなかった。
コルニクスさんはご近所さんだし、本来なら肉屋のエマさんにしたように菓子折りの一つも持ってごあいさつをしておいた方が良いのではという思いもあったのだが、どうも甘い物が好きそうな雰囲気では無い。
仮に手作りのケーキを持って行って嫌な顔をされたら傷つくし、ズケズケと物を言う魔道具屋の店主に「小さな親切、大きなお世話」みたいなことを言われればキツイというのもあって結局、コルニクスさんにウチの商品を食べてもらったことは無い。
しかし、このままコルニクスさんを放置しておくと間違いなく食生活や睡眠不足、生活習慣の無茶がたたって、身体を悪くしてしまうのは時間の問題に思える。
「ルル、ララ……」
「はい!」
「ちょっと市場に行って果物を買って来るわ。店番おねがいね」
「分かりました!」
「お気をつけて~」
荷物運び用の手押し車を押して市場についた私は果物を販売している露店で、パティスリーで販売する真っ赤なリンゴや緑色や紫色のブドウなど、ケーキの材料となる旬の果物を購入すると同時に必要となる果実などを物色した。
露店の編みカゴに盛られている黄金色の果実を手に取り、柑橘類の爽やかな香りをかぐと、その彩りの美しさと新鮮さな香りに思わず笑みをこぼした。
「レモンとオレンジはすごく良いわね」
他にも何かないかと視線をさまよわせていると、ザルに山盛りになった青い粒に視線がクギ付けになった。
「ブルーベリー……。うん、これも! おじさん、これもちょうだい」
「毎度!」
果物屋の後は野菜や香辛料を売ってる店にも寄って、必要な材料を入手した私はパティスリーに戻ってから即座に取りかかるべきかと考えたが、きっと今日は忙しいだろうし、明日の方が良いだろうと判断して通常通りにパティスリーの営業をすませた。




