252
銀狼獣人は自身の攻撃が空を切った後も、素早く態勢を立て直して振り向きざまに俺の横っ面を狙って蹴りを入れて来た。すんでの所で上半身をそらして避けたが間髪入れず、今度は動きを封じるべく足元に蹴りを叩き込んできたが、それも何とか反射的にかわした。
こうもスピードのある相手に対して、このまま防戦一方なのはマズイと。銀狼ヴォルフに出来た一瞬の隙を狙って、今度はこちらから攻撃を繰り出す。
奴の顔面を左手で捕まえ、身体を地面に叩きつけてやろうと思って手を伸ばしたが、敵もさるもので紙一重の差で俺の攻撃から逃れた。銀狼を掴み損ねた俺の左手は、奴の背後にあった樹の幹をえぐって削り取った。
目的の相手を捕まえ損ねて思わず舌打ちしたが、固い樹の幹を軽々と粉砕する俺の怪力に、銀狼ヴォルフは目を丸くして唖然としていた。
そして、よくよく見ると俺の鋭い熊爪が奴の右頬に当たっていた為、銀狼ヴォルフの白い頬から真っ赤な鮮血が滴り落ちた。
「チッ! 熊の爪か……!」
銀狼獣人は吐き捨てるように呟き、目にも止まらぬ速さで抜刀と同時に横から俺の首を切りつけて来た。とっさに一歩引いて何とかかわしたが、銀狼ヴォルフの剣先は俺の黒髪をひとすじ切断した。
切られた黒髪は吹きつける強風に乗って何処かに舞い散った。刀身を俺に向ける銀狼ヴォルフの真剣な目を見て、こちらも剣を抜かねばならぬと悟り、背負っている大剣の柄を握り、ゆっくりと引き抜いて構えた。
技量が拮抗している相手だ。出来れば剣を抜かずに勝負をつけたかったが、止むを得ない。次で勝負が決まるだろうと剣を握りなおし構えた瞬間だった。
「やめてー!」
「っ!」
「ベルントさんも、ヴォルフさんも! もう止めて下さい!」
「セリナ……」
長い髪を振り乱しながら俺と銀狼ヴォルフの間に割って入ったのは、今にも泣きそうな顔をしたセリナ嬢だった。か弱い少女が自らの危険も顧みず、身体をはって勝負を止めに入ったことで銀狼ヴォルフは面食らい困惑顔だ。
「どうして……!? どうして二人が、私のケーキの為に争わないといけないんですか!?」
「は?」
銀狼獣人はセリナの言葉に目を見開き、唖然とした表情を見せた。
「そんなにハチミツのケーキが欲しいなら追加で作りますから! これ以上、危ないことをするのは止めて下さいっ!」
「いや、俺は別にケーキの為に戦っていた訳じゃあ……」
「違うのか?」
「え?」
「え?」
俺としては今日、最後の一つである蜂蜜ケーキを巡って争っていると信じていたのだが、銀狼ヴォルフは別にケーキの為に戦っていた訳ではないと自ら否定した。では、いったい何の為に戦っていたのだ?




