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満面の笑みを浮かべるセリナに促されるまま店内に入れば、双子の猫耳メイドがいつものように元気よく「いらっしゃいませ~」と挨拶の声をかけてきた。
ガラスのショーケース内には新鮮な果物を惜しみなく使った、宝石のように美しく輝くケーキや黄金色のパイが並べられている。
そしてショーケースの上に置かれている、ウッドトレイの上にはガラス製のドーム型カバーに守られて『クルミとレーズンの蜂蜜ケーキ』が燦然と鎮座していた。俺が一ヶ月ぶりとなる蜂蜜ケーキとの対面に感極まっていると、双子の猫耳メイドは何やら目くばせをし始めた。
「セリナ様……。ちょっと奥に行って良いですか?」
「ええ、良いわよ。ルル」
「私も、ちょっと外して良いですか?」
「ララもなの? まぁ、忙しくないから良いけど……」
「もし忙しくなったら呼んで下さい~」
「すぐに飛んで来ますから! うふふ~」
俺が店内に入った途端、双子の猫耳メイドは謎の笑みを浮かべながら奥に引っ込んでしまった。やはり、猫耳メイドにとって、俺のような筋骨隆々な大男は恐ろしくて奥に避難してしまったのだろうか?
その割には二人とも、余裕すら感じられる笑みを浮かべているように見えたが……。はて? と首を傾げているとセリナ嬢は、おもむろにガラス製のドーム型カバーを外す。途端に蜂蜜の甘い香りが強く感じられた。
「実は今日の『クルミとレーズンの蜂蜜ケーキ』これが最後の一個なんですよ」
「そうなのか!?」
「ええ、ベルントさんにご用意できて良かったです」
にっこりと微笑むセリナ嬢が、天上にある甘味の国から舞い降りた天使に見えた。俺の胸中など知るよしもないセリナ嬢は木の皮で作られた容器を用意して、銀色のケーキトングで『クルミとレーズンの蜂蜜ケーキ』を掴もうとする。
その瞬間。背後から、ただならぬ殺気を感じて瞬時に視線を向ければ、パティスリー・セリナの木扉をゆっくりと開けながら銀髪狼耳の男が店内に入ってきた。
「あ、ヴォルフさん。いらっしゃいませ」
「セリナ、話は後だ……。まずは、その男を倒さねばならない」
「は?」
銀狼獣人の言葉を聞いても、セリナ嬢は意味が分からず唖然としているが、俺には分かる。銀髪狼耳の男が店舗に入りながら、真っすぐに見つめていた先には『クルミとレーズンの蜂蜜ケーキ』があったのだ。
そして、俺が『クルミとレーズンの蜂蜜ケーキ』を購入しようとした瞬間、ただならぬ殺気を放ちながら店に入ってきた。つまり、この男も本日最後の一個である『蜂蜜ケーキ』を狙っていたという事に他ならない。




