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ギルドで受けた仕事を一週間ほどで終えた俺は、街に戻り食堂に入った。ギルドからほど近い食堂内は多くの冒険者や旅人などでにぎわっている。
いつもなら街に戻ると、すぐにパティスリー・セリナに寄って手土産の新鮮な鴨肉などをセリナに渡す。生肉を渡せばセリナは「ありがとうございます。ヴォルフさん! 夕食で食べます!」と言って喜んでくれるのだが、獣人流の好意を伝える手段である『とれたての獲物を渡す』という求婚行為が、生粋の人間であるセリナには一向に通じている気配は無かった。
まぁ、人間と獣人に文化や常識の違いがあるという事実は俺も理解している。セリナには命を助けてもらった恩もあるし、この街に拠点を移して彼女を見守りながら時間をかけて、俺の好意を分かってもらえば良いだろうと思っていた。しかし先日、旅先で黒ヒゲの商人と話をしていた時のことだ。
「おっ! お兄さん、男前だねぇ! 女達が放っておいてくれないんじゃないのかい?」
「狼の男は、これと決めた相手と一生を添い遂げるものだ。ほかの女は眼中にない」
「おお、熱烈だねぇ~。お兄さんみたいな一途な男前に惚れられてるなら恋人も幸せだろうね」
にこにこしながら微笑ましそうに目を細める商人に、俺は居たたまれなくなり事実を述べることにした。
「……まだ恋人ではない」
「え、付き合ってないのか? 好きだって伝えてないのかい?」
「いや、俺は何度も手土産を渡して求婚しているんだが、相手に伝わらないんだ……」
少し視線を落として告げれば商人は大げさに、のけぞるようにして驚いて見せた。
「こんな男前のプロポーズを袖にしてるのか!? こりゃ、たまげたなぁ~」
「いや、袖にしているというより、求婚に気付いていないようだ……。人間と獣人では文化や常識が違うから仕方のないことなのだろう」
「プロポーズに気付いてない!? 狼のお兄さん、いったいどんなプロポーズをしてるんだい?」
「いつも、とれたての新鮮な生肉を手土産にしている」
「生肉!?」
「獣人の世界ではとれたての獲物を異性に渡すという行為は一般的な求婚行為だからな……。だが、すでに複数回、生肉を渡しているのに一向に求婚だとは気づかず、ただの手土産だと思われているんだ」
そう告げれば旅の商人は口をあんぐりと開けて、眉間にシワを寄せ信じられない物を見る様な目で呆然と俺を見つめた。
「狼のお兄さん……。それは気づかれなくても仕方ないよ……」
「そうなのか? やっぱり、人間に生肉での求婚は通じないのか」
「っていうか、生肉を渡した時、相手はどんな反応だったんだい?」
「いつも嬉しそうに受け取って『夕飯で食べる』と言ってくれていたが……」
「それ、ただの手土産だと思われてたから良かったけど……。人間の女に生肉を渡してプロポーズなんて、相手によってはバカにされたと思って、平手打ちされてもおかしくないからね……」
「そうなのか!?」
驚きの新事実だった。




