211
こうして、レオン陛下から『セリナ』という娘が売っているケーキを買ってくるようにと命じられたが、一体どこで販売しているのか皆目、見当がつかない。
「やはり、ローザに尋ねるのが一番確実かしら?」
しかし今回、陛下からローザの為にケーキを用意するように告げられたわけで、ケーキは寵妃への贈り物ということになる。贈り物について本人に店の場所を直接、尋ねるというのは普通に考えて極力、避けるべきでは無かろうか……。そんなことを考えながら廊下を歩き、厨房に到着した。
石造りの広い厨房内では、壁に大小さまざまなサイズの銅製フライパンがかけられ、網袋に入れられたニンニクなどの香味野菜が棚から吊るされている。大きな編みカゴにはレモンなどの柑橘類や旬の茸、野菜が山のように積まれ、調理台では、白いコックコートに身に纏った料理人たちが手馴れた手つきで、まな板の上に置いた巨大な肉をスライスし、痩せた下働きの料理人は大量にあるイモの皮をむいている。
「料理長はいますか?」
「はい、料理長ならそこに……」
私が尋ねると、包丁を持っている料理人が呆れ顔で物陰に視線を向ける。すると、でっぷりとした料理長が、ガタガタと音を立てながら慌てた様子で顔を出した。
「えっ!? こ、これは女官長! 如何されました?」
「実は、昨日から後宮入りした寵妃の食欲が無いので、夕食にはリゾットなどを用意してやって欲しいのです。頼めますか?」
「なるほど、承知いたしました。宮廷料理人の名に懸けて、寵妃様が食べやすいような物をご用意いたします!」
料理長は大きな腹を揺らしながら、キリッとした顔で快諾してくれたが口元に食べカスが付いている。つまみ食いなのか、純粋に料理の味見をしていたのか部外者には判別が難しい所だが、横にいた料理人が呆れた顔をしていたのを見るに、恐らく前者だろう。しかし、自分の管轄外まで口さながく言うのもどうかと思い、今日の所は目を瞑ることにする。
「それと……。料理長は『セリナ』という娘がケーキを売っているという話を知らないかしら?」
「『セリナ』? いや、存じません。城下でケーキを売っている娘なのですか?」
「そうらしいんだけど……」
「あの……。それ、聞いたことがあります」
「え?」
声の方を向けばイモの皮を剥いていた、痩せぎすな下働きの料理人だった。
「この間、少しお暇を頂いて実家に帰った時、知り合いで肉屋をやってるオバさんが『パティスリー・セリナ』っていうケーキ屋が、噴水広場ぞいに出来たって言ってました」
「パティスリー・セリナ……」
「一ヶ月ほど前に出来た店だけど、けっこう人気があるって聞きましたよ? 『セリナ』っていう娘が店長らしいし、ケーキを専門に売る店は珍しいですから恐らく、その店のことではないでしょうか?」
「ふむ……。間違いなさそうね。ありがとう、おかげで助かったわ」
「はぁ」




