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「そうね。もし嵐に遭ってたら……」
前世なら繊維強化プラスチックなどを使用した軽量で、耐久性の高い船舶が利用されていたが、この世界に存在している船は大型船であっても、素材の大部分は木製だ。船が嵐に巻き込まれてしまえば海難事故となる可能性は高くなるだろう。
「それに、積み荷も心配だわ」
「積み荷って、今年収穫された領地の農作物よね?」
「ええ、それと貿易品もね。今回は事業資金をヨソから借りてるのもあって、積み荷を売って借りていた事業資金を返さないといけないのよ」
「そうだったんだ……」
「あなたには、込み入った事業の話はしてなかったですものね」
母が私に苦笑した後、心配そうに窓辺に立つ。厚く昏い灰色の乱層雲が広がる空を見上げた時、激しい雨音に紛れて馬の蹄の音が近づいたかと思うと、自宅の玄関前で馬車が止まる音が聞こえた。
「あら、誰か来たのかしら?」
「こんな雨の中、いったい誰が……」
そう思っていたら複数回、玄関のドアを強くノックされた。慌てて母が出ると、そこには帽子と外套を雨水でぬらした祖父が立っていた。
「お義父様!? どうしたんですの、こんな雨の中? とにかく中へ」
「いや、けっこうだ」
「でも、ぬれてますわ。何か拭く物を」
「それ所では無い。港から連絡があった」
「え」
「セレニテス子爵の乗った船が嵐に遭って座礁し、転覆したと」
「まさか……!」
「そんなっ!」
祖父の言葉に、母は口をおさえるが驚きを隠せない。私もにわかには信じられず言葉を失う。
「ワシはこれから港に向かう。お前たちは、ここで……」
「私も行きます!」
「しかし……」
眉をしかめ渋る祖父に、母は両手を握りしめて、祈るように祖父へ懇願する。
「自分の夫が乗った船が海難事故に遭ったと聞いて、ここでじっとしているなんて出来ません!」
「分かった……」
「お母様。おじい様、私も……」
私だって、父の安否が心配だ。二人と一緒に港に向かいたいと旨を伝えるが、母は首をタテには振らなかった。
「セリナはここで待っていて」
「でも!」
「お父様が乗った船が沈没したということは、同行していたクオーツ男爵も一緒のはずだわ」
「あっ」
確かにそうだ。父とクオーツ男爵は領地まで行く、片道だけでなく帰路も同行することになっていた。だとすれば、ローザの父も海難事故に巻き込まれていることになる。