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図らずも、王太后リオネーラ様からローザのことを頼まれることになった私は、戸惑いながら王太后様の部屋を退出した。その後は女官長として侍女や女官たちに指示を出し、雑多な用事を片づける。そして太陽が中天になった頃合いで、ローザのいる寵妃の部屋へと向かった。
寵妃の部屋ではチーズとトマトにオリーブオイルをかけたサラダ、野菜と香草を詰めた鶏の丸焼き。豆を裏ごしして作った野菜スープ。赤身魚や卵、青野菜を混ぜて作った三色のディップと白パンなどを乗せた皿が昼食として円卓に並べられている。しかし、ローザはほとんど手を付けた様子が無く、傍らにいる茶髪の侍女ジョアンナも顔を曇らせている。
「ローザ……。まだ食欲がわかないの?」
「ミランダ様。すいません……。食べようと思ったんですが、これ以上は咽喉を通らなくて」
「体調が思わしくないようなら女医を呼びましょうか?」
「いえ、お医者様を呼ぶほどでは……」
本人も医者を呼ぶほどではないと分かっているということは、やはり心因性だろう。何しろ、つい昨日までは元気にしていたのだから、寵妃になったことが心労となって食欲を失っていると見て間違いない。
「料理長に言って、夕食はもっと食べやすい物を用意させましょう。……ローザ、あまり悪いように考えすぎないようにね。ジョアンナも私も、あなたが沈んでいたら心配だし、このままでは体調を崩してしまうわよ?」
「はい……」
思いつめたような表情のローザが心配だけど昨日、レオン陛下から「昼過ぎに執務室へ来てくれ」と言われている。ローザのことはジョアンナに任せて後宮を後にした私は、国王執務室へと急いだ。石柱が並ぶ回廊を抜けた所で中庭に、青い宮廷服を着て小箱を持ったレオン陛下と、銀髪の宰相ハイン様が話をしている姿が見えた。
国王陛下に呼ばれているのだけど、王と宰相が話をしているのを邪魔するわけにもいかない。私がそっと近づくと二人の話声が聞こえてきた。
「レオン陛下。西の大陸へ行っていた第二王子が間もなく、戻られるそうです」
「そうか……」
「第二王子が戻り次第、弟君たちを全員、処刑なさるおつもりでしょうか?」
宰相の言葉に、私はギョッとした。しかし、確かに前王ライオネル陛下が兄であるレーベ王を弑逆した時は、即座にレーベ王の子達を全員、処刑したという。そして、その前の代も同様だったと聞く。
王位を狙う可能性がある弟王子たちをレオン陛下が処刑したとしても、獅子王族としては何らおかしくはない。しかし、レオン陛下は銀髪の宰相に冷ややかな視線を向けた。