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「王の御子を産んだ場合は、後宮から出られないんですね?」
「ええ、でもねローザ。よく考えて欲しいの……。あなたが王の寵愛を受けて王の御子を身籠れば、あなたにとっても、弟にとっても良い話のはずよ」
「弟にとっても?」
「そもそも、あなたは両親を亡くして給金を得るために侍女として働いていた訳でしょう? 寵妃となって、王の寵愛を得て御子を産めば侍女として一生働くよりも、ずっと多くのお金を得られるし、あなたの弟には貴族として王宮に大きな繋がりが出来るわ」
「……ミランダ様は、私が国王陛下の御子を産んだ方が良いと?」
「単純にお金や後宮での地位を考えるなら、王の寵愛を受けて御子を授かるのが良いと思うけど……。あなたは遠縁ながら、親戚筋でもあるし、何より国王陛下もローザに無理をさせるつもりはないようですからね……。とにかく、疲れたでしょう? 今日の所はゆっくり休みなさい」
「はい……」
こうして慌ただしかった1日は終わった。上からの命令と寵妃となったローザとの間で私も疲弊し、その晩は寝台に入ると同時に夢も見ず眠った。
そして翌朝、一晩寝れば少しはローザも心の整理もつくかと思っていたが、翌朝になってもローザは相変わらず寵妃となったことを思い悩んでいる様子で、朝食に出されたパンや卵料理、トマトと葉野菜とオリーブのサラダ、白チーズとハム、イチジクなどの果物もほとんど手を付けず、お茶で少し咽喉を潤す程度だった。
「ローザ。もう少し食べないと」
「すいません、ミランダ様。もともと、朝は食欲がわかない方で……」
「そう……。じゃあ、昼食はちゃんと食べてね」
「はい」
窓の外では澄み渡るような青空の下で、庭の白薔薇が美しく咲き誇っているというのに、視線を落とすローザの顔色は相変わらず冴えない。しかし、新王の寵妃となったローザの気分が少しでも上向くように、私にも考えがある。
「それと、あなたに侍女を用意したわ」
「侍女? 私にですか?」
「ええ。寵妃となったからには身の回りの世話をする侍女が必要ですからね。入りなさい」
扉の方に向かって声をかければ、控えていた茶髪の侍女が姿を現し、ローザが碧眼を丸くする。
「ジョアンナ!?」
「ええ。ジョアンナをローザ付きの侍女とします。あなたと同期で侍女見習いをしていたジョアンナが侍女なら、ローザも気心が知れているから良いでしょう?」
「ミランダ様、ありがとうございます……。でも、私なんかの侍女になってジョアンナは……」
「何言ってるのローザ! 私はローザ付きの侍女なら喜んでやるって言ったのよ!」
やや憤慨したような表情で頬をふくらませた後、おどけた様子で片目をウインクしたジョアンナを見たローザは、後宮に来てから初めて口元をほころばせた。