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後宮を後にする新王の後姿を見送りながら一礼した私は、足早に寵妃の部屋へと入った。室内ではカウチソファに腰かけたローザがうつむき気味で呆然としていた。即座にローザの着衣と室内にある天蓋付きの寝台に一切、乱れが無いことを確認しホッと胸を撫で下ろす。
「ローザ、大丈夫ですか?」
「ミランダ様……」
「何も無かったのね?」
「はい……。陛下ご自身でおっしゃられていた通り、私には指一本触れませんでした」
個人的には「よかったわね」と言いたい所だけど、女官長の立場にある者が寵妃に対して「陛下が指一本触れなくて良かった」とは言えない。しかし、何の心構えも出来ていなかったローザが傷つくようなことが無かったのは本当に良かった。
「そう。レオン陛下は何とおっしゃっていたの?」
「私を寵妃にしたのは安らぎが欲しかったからだと……。私の意に反して、寵妃としての務めを強要するつもりはないから、安心して欲しいと」
「陛下の優しさに感謝しないといけないわね」
「はい……。でも私、やっぱり寵妃なんて……。ミランダ様、私は侍女に戻れないですか?」
「ローザ。一度、寵妃になった者が侍女に戻るなんて無理よ……。それは諦めてちょうだい」
「寵妃となった以上、もう後宮から出られないんでしょうか? 弟に何て言えば」
藍玉色の瞳に薄っすらと涙が浮かぶ。私は慰める気持ちを込めてローザの背中を優しく撫でる。
「私は女官長だから……。本当はこんなこと言ってはいけないし、ここだけの話にして欲しいんだけど……。寵妃が必ずしも後宮から出られないということは無いわ」
「本当ですか!?」
顔を上げ、大きく見開かれたローザの瞳に光が差し込んだ。
「ええ、事実よ……。寵妃として国王の寵愛を受けていても、それは寵妃が若い間だけの話。ローザには王立学園に入ったばかりの弟がいると言っていたけど、その弟が成人するか、結婚する頃には王の寵愛も薄れているはず」
「王の寵愛が薄れた寵妃は、後宮から出ることが可能なんですか?」
「過去の例から言って、王が感心を示さなくなった寵妃は降嫁。……大体、国王が臣下に寵妃を嫁がせる形になるわ」
後宮で王の相手をするのは側女や寵妃は基本的に若い娘のみ、一定の年齢を超えると外に出されることになっている。中でも王の寵愛を受けていた寵妃に関しては後宮の外に出ても、きちんとした家に嫁いで不自由しないようにという配慮がなされる。
「降嫁……」
「ただし、降嫁が許されるのは王の御子を産んでいない寵妃に限られるわ」