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「……話だけですか?」
「正直な所、今日陛下がどこまでお望みになられるか、私には分からないわ……。でも、国王陛下が後宮にいる寵妃の元を訪れるなら、私は女官長として寵妃に国王陛下をお迎えするに相応しい準備をさせないといけなかった。理解してくれるわね?」
「はい……。でも、お願いです」
「何?」
「傍にいて下さい、ミランダ様……。陛下が来ても同じ部屋に」
「国王陛下に下がるよう告げられるまでは、貴女の傍にいるわ」
太陽が沈み、夜の帳が降りた。すでに公務を終えた若き国王は昼間に宣言していた通り、後宮に入れた寵妃の元を訪ねてきた。
「国王陛下が参られました」
寵妃部屋の前に立っていた二人の側女が扉を開けば、青を基調とした服装の新王レオン陛下が姿を現す。寵妃になったばかりのローザは淡い水色の衣装に身を包み、頭を深く垂れた。
「ローザ、面を上げよ」
「はい……」
ゆっくりと顔を上げたプラチナブロンドの寵妃を見た新王は、琥珀色の瞳に驚きの色を浮かべた。着飾った寵妃の美しさも然る事ながら、つい先ほどまで泣きはらしていたであろう事実が窺えるほど、その目元が真っ赤に染まっていたからだ。そして新王の言葉通りに顔を上げた物の、ローザの手は震えていた。
「ローザ、怖がらないでくれ」
「こ、怖がっている訳では……。ただ、緊張して」
必死に言いつくろっているが藍玉色の瞳は動揺を隠せず、その視線は虚空を彷徨っている。
「そなたが嫌なら、余はそなたに指一本触れない」
「国王陛下……」
「他の者は下がれ」
「……はい」
ローザが縋るように、こちらを見るが国王陛下に『下がれ』と告げられて、意義を申し立てることは出来ない。元よりローザには国王陛下が『下がれ』と言うまでは傍にいると言ったが、つまりそれまでしか傍にいる事は出来ないという意味でもある。
寵妃の部屋を出た私は、閉じられた扉を見ながら唇を噛む。国王陛下はローザが嫌がるなら、指一本触れないと言っていた。よもや、泣きはらしたと一目で分かるような震える娘に、無体な真似をなさる事は無いだろう。
通路に設置されている、たいまつの炎が揺らめくのを眺めながら、もどかしい思いで待ち続けた。やがて、僅かにきしむ音と共に扉が開かれ、部屋の中から金髪の新王が出てきた。
「陛下、ローザとの話はお済みになられましたか?」
「ああ……。女官長」
「はい」
「ローザのことを頼む。顔色が優れぬようだから心配だ……。それと、明日の昼過ぎにでも、余の執務室へ来てくれ」
「かしこまりました」