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王太子レオン様は、すでに成人の儀も終えている。地位も美貌も兼ね揃えているのだから周囲の女性たちが放っておく筈もなく、常に熱い視線を送られていると言うのに浮名を流しているという噂は、ついぞ聞こえてこない。
普通、あの年齢の王侯貴族なら、恋人の一人や二人いてもおかしくはない。まして、金獅子国の次期国王ともなれば後宮にハーレムを持つ事になる身。王太子という身分であるにもかかわらず、あまりにも女っ気が無さ過ぎて心配だという声が上がるのも尤もだろう。
「そこでミランダが女官長となった際には折を見て、おまえの口から適当な寵妃を持つよう薦めて欲しいのです」
「私などよりも、ゾフィー様からレオン殿下にお伝えした方がよろしいのでは?」
王太子殿下に対して諫言めいたことを口にするなど、恐れ多いと遠回しに返したが白髪の女官長は、すげなく首を横に振る。
「すでに何度かお伝えしましたが、煩そうに煙たがられるばかりです。私のような年寄りよりも、あなたのように王太子殿下と年齢の近い者の方が、殿下も耳を傾けて下さるでしょう」
「そうでしたか。しかし、私の言葉を聞いて頂けるか……」
「これは孫の誕生を待ち望んでいる、王妃リオネーラ様のご意向でもあります。頼みましたよ、ミランダ」
「……かしこまりました」
女官長になると同時に、王太子殿下に対して寵妃も薦めねばならないとは……。レオン殿下に寵妃を薦めたと知られれば、王太子妃に怨まれかねない。
しかも、これまで寵妃を薦める女官長ゾフィー様を王太子殿下が煙たがっていたことを考えれば、私も同じように王太子殿下に煙たがられ不興を買う可能性が大きい。
かと言って王太子殿下の機嫌を損なわぬ為、何も言わないままレオン様が寵妃をはべらせないようなら、早く孫の顔を見たい王妃リオネーラ様がお怒りになられるだろう。
女官長室を退出して、外で待っていた茶髪の侍女見習いジョアンナと共に後宮の廊下を歩きながら、早くも頭が痛くなる。思わず、こめかみを押さえていると前方からスカートのすそを両手でやや上げて、小走りにやって来る侍女の姿が見えた。
「何ですか。騒々しい!」
「申し訳ありません。ですが、国王陛下が……」
侍女は酷く動揺した様子で、顔色も蒼白。もしやという思いが胸をよぎった。
「陛下がどうしたと言うのです?」
「ライオネル陛下が……。崩御されました」
「何ですって!? まことですか?」
「はい。ミランダ様、間違いございません。たった今、息を引き取られたのです」
「国王陛下が……」
私は逡巡した後、女官長ゾフィー様に伝えるべく来た道を引き返した。