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女官長ゾフィー様に呼ばれた私は、侍女見習いジョアンナと共にゾフィー様が待つ後宮へと向かい、女官長室の木扉をノックした。
「ゾフィー様、ミランダです。失礼いたします」
扉を開ければ白髪の女官長ゾフィー様はランプの光の下、執務用の机に向かって何やら書類を認めていた。私の入室で手を止めたゾフィー様は、後方に控えている茶髪の侍女見習いジョアンナに視線を向ける。
「侍女見習いは下がっていなさい」
「はい」
女官長の言葉に深く頭を垂れた茶髪の侍女見習いジョアンナは、そのまま顔を上げることなく部屋を退出し、女官長室の扉をゆっくりと閉めた。
「ゾフィー様。ご用件があると聞きましたが?」
「ええ、ミランダ。国王陛下の事はあなたも聞いているでしょう?」
「それは……。はい」
金獅子国の王であるライオネル陛下が長く病床に臥せっているというのは、王宮内では知られた話。ローザやジョアンナのように、まだ王宮に入って日が浅く、自分の仕事を覚えるので精一杯の侍女見習いにとっては、碌に顔も見たことが無い国王陛下については、ほとんど関わりの無いことで関心も薄いようだが、女官長ゾフィー様や王宮勤めが長い者にとって膠着している王の容態は懸念事項の一つだった。
「ここだけの話ですが……。国王陛下はもう長くないであろうと医師が申しておりました」
「……お労しいことです」
やはり、という思いだった。国王陛下が病に倒れて以来、容態が快方に向かっているという話は全く聞かなかったからだ。白髪の女官長は窓の外、天上に流れる黒雲を見つめながら、溜息を一つ吐く。
「陛下にもしものことがあった時には、私は女官長の職を返上しようと考えています」
「ゾフィー様!? 何も女官長をお辞めになる必要は!」
「落ち着きなさいミランダ。……別に王宮を去ろうと思っている訳では無いのです」
「では女官長をお辞めになられた後は、どうなさるのですか?」
「王妃付き女官として、後宮で王妃リオネーラ様をお支えしようと」
「ああ、そういうことでしたか……」
多くの侍女や女官たちを従える、女官長という立場は何かと大変な職務であるし、ご自身の年齢的なこともあって今後は王妃様、個人のために尽くしたいと考えられたのだろう。長年、女官長として皆を指導して下さったゾフィー様が王宮を去るつもりは無いと分かり、私はホッと胸を撫で下ろした。
「ええ。そこで、私の後任の女官長に付いてですが」
「はい」
「ミランダ……。おまえに女官長を務めてもらいたいと考えています」
「えっ、私ですか?」