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「な、何故、王太子殿下が伯爵令嬢フローラに追いかけられていたのですか?」
「そなたは伯爵令嬢フローラをよく知っているのか?」
「よく、と言いますか……。フローラとは王立学園時代に同じクラスでしたから」
「ふむ。なるほどな……。そなたの名前は?」
「ローザです。侍女見習いをしております」
「そうか。ローザ、世話になったな。礼は後日」
告げながら金髪の王太子レオンが扉を開けようとした時だった。扉の外で再び高い靴音が響くのが聞こえ、王太子殿下は固まった。
「殿下~! レオン殿下~! どちらに行かれましたの~!?」
高い靴音と王太子を呼ぶ声は再び遠くなり、レオン様はホッとした様子で肩の力を抜いた。
「どうやら伯爵令嬢フローラは、この辺りを探し回っているようですし……。少し、この部屋で時間を潰して行かれますか? お茶くらいなら出せますが?」
「……頼むとしよう」
「では、そちらの椅子に座って少々、お待ちください」
私に促され椅子に腰かけようとした金髪の王太子は、テーブルの上に置いてある箱の中身を見て釘付けになった。
「こ、これは……!」
「ああ。先ほど私の弟が持ってきてくれたんです。レオン様も召し上がられますか?」
「う……。うむ」
白磁器のティーカップにお茶を入れ、王太子の前に出す。次に箱の中からケーキを出そうとして止まる。箱の中に入っているケーキは赤色が美しいクランベリータルト。旬の果物がたっぷり乗ったフルーツケーキ。そして美味しそうな焼き色がついたシンプルなケーキ。王太子殿下はどれが食べたいのか分からない。
「レオン様はどれを召し上がられますか?」
「そなたは、どれを食べたいのだ?」
「私は先ほどアップルパイを一つ頂いたので、そんなに食べたいとは思っていないのですが……」
「じゃあ全部いただこう」
「え、はい。分かりました……」
成人男性だと、この位の量は平気なのかしらと驚きながら、三つのケーキを白磁器の皿に移して、ふと気づく。
「あっ!」
「な、なんだ」
「毒見をしないといけないんですよね?」
黒髪の女官ミランダ様に『王太子妃付き侍女になったら口に入る物、すべて毒見しないといけない』と言われたことを思い出した。
王太子妃の毒見が必ず必要なら当然、王太子レオン様の毒見だって必要だと思ったので尋ねれば、金髪の王太子殿下は憮然とした表情で頷いた。
「ああ。まぁ、そういう事になっているな」
「では一口分だけ、私が先に頂いてもよろしいですか?」
「そうだな。許可しよう」
金髪の王太子殿下が鷹揚に頷いたので、まずティーカップに入れられたお茶をスプーン一杯分、すくって口に入れた。お茶はちょうど良い茶葉の濃さで、もちろん毒など入っている訳はなく、異常は無かった。続いて銀色のカトラリーで三つのケーキをそれぞれ一口分だけカットしてから、自分の口に運ぶことにした。